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「平和の碑・中国残留帰国者墓苑」建設の記録


boennkennsetsu 戦前、満州(現中国東北部)には、長野県、山形県から大勢の開拓団がわたったが、敗戦間際、日本軍に置き去りにされ、中国人やソ連軍の攻撃でその4割以上が命を失い、残留孤児という悲劇を生み出した。
 現在、山形県には約70人の残留孤児がいるが、日本語を習得できず就職も困難で生活保護で生計を営んでいる。
 平成26年、日中友好協会山形県連合会(加藤實会長)は、中国残留帰国者の証言集〈祖国は遠かった〉を発刊し、広く市民に「平和の碑・中国残留帰国者墓苑」建設への支援を訴えた。その証言集は大きな反響と共感を呼び、1,000人以上の芳志により、墓苑は平成26年6月20日、碑は同年11月30日に、山形市柏倉字中林地内に「平和の碑・中国残留帰国者墓苑」として建立され、12月7日には除幕式が行われた。碑は3㎡の台座の上に、高さ91㌢、長さ182㌢の黒御影石に、平和への思いという碑文が刻まれている。
 完成を記念して平和への思い「"平和の碑・中国残留帰国者墓苑"建設の記録」が発刊され、事業完成の報告とともに証言集を読んで寄せられた悲惨な戦争の体験や平和への思いが収録されている。

編集 日本中国友好協会山形県連合会『平和の碑・中国残留帰国者墓苑」建設委員会
発行

発刊日 平成27年2月1日

(2015年3月1日15:15配信)