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米沢信用金庫叢書6 『上杉と吉良から見た赤穂事件』


uesugikira18 本書は米沢信用金庫創立90周年を記念して、平成30年6月に発刊されたもので、同金庫叢書として6冊目となる。同金庫は大正15年11月1日に創立され、米沢市に本店を置く唯一の金融機関として、「地域で最も頼れる金融機関」でありたいと願い、地域の活性化と企業の事業価値向上と地域経済の発展に寄与する活動を行っている。文化面では文化講演会やコンサートを始め、郷土の歴史叢書の刊行では平成21年に全国信用金庫より社会貢献Face to Face賞を受賞した。

 さて、日本では毎年年の瀬になると「忠臣蔵」が取り上げられる。その内容は近松門左衛門の創作「仮名手本忠臣蔵」をベースにしたもので、吉良上野介義央は強欲で意地悪い人間に描かれている。義央は本当にそのような人物だったのだろうか。義央の知行地であった吉良では、義央は赤馬に乗り領地を回って、名君として慕われているからである。吉良、上杉にゆかりのある人たちは、300年にもわたって日本人の心の中に染み込んだ義央の負のイメージに、不快で複雑な思いを持ってきた。
 本書は、米沢市立図書館で長く郷土史関係の仕事に携わってきた青木昭博氏と、愛知県の歴史研究家である小林輝久彦氏の合作で、上杉家と吉良家の縁や元禄赤穂事件などを上杉と吉良の視点で言及した興味深い著作である。
 プロローグでは、上杉家と吉良家が三重の縁で結ばれていることが述べられている。義央の正室は、米沢藩第2代藩主上杉定勝の娘、三姫(富子)。米沢藩第3代藩主綱勝に子供がなく死去したため、米沢藩は取り潰される運命となったが、会津藩主保科正之のとりなしで、吉良上野介の子三郎が第4代藩主上杉綱憲となる。さらに綱憲の子春千代が吉良家を継ぐ(吉良義周)という三重の姻戚関係となった。
 第一章「上杉家と吉良家の縁」では、吉良家と上杉家の由緒と歴史、義央と三姫の婚姻、上杉綱勝の急死と吉良三郎の上杉家相続、吉良家への上杉家の援助などが述べられている。
 第二章「赤穂事件と吉良家・上杉家」では、勅使への御馳走人役、浅野内匠頭長矩への指南役となった幕府高家筆頭、義央の役割や松の廊下での刃傷事件の経緯、刃傷の原因、長矩の人物像、赤穂浪士の吉良邸討ち入りなどについて触れている。
 第三章「討ち入り後の上杉家と吉良家」と題して、幕府による赤穂浪士と吉良家への処分、吉良義周や上杉家の悲哀について述べる。
 第四章では、「忠臣蔵」の虚像と吉良家・上杉家と題して、忠臣蔵が与えた影響や、米沢における吉良家の慰霊、米沢藩内での「忠臣蔵」上演への取り締まりなどについて触れている。

 本書の中で、刃傷の原因について著者としての見解を述べている。よく知られているものに、長矩が賄賂を贈らなかったために、義央がこれを憎んで何事も長矩に事前に告知、連絡しなかった、そのため長矩は時刻を間違えたり、礼儀を失したりしたことが重なり刃傷に及んだという「賄賂説」である。これに対して、著者は儀式の指南を受けるためには、相応の謝礼が必要な時代であったと述べ、謝礼を「賄賂」(不正な意図で他人に金品を贈与すること)と捉えることは、儒学的道徳観が色濃く反映されており、そのまま信用できるものでない、と述べていることには説得力がある。他にも文献を読み解き、丁寧にこれまでの見方への検討と批判がなされている。この刃傷の原因の見方や捉え方は、赤穂事件の本質そのものを解き明かすことにもつながる大事な点である。
「上杉と吉良から見た」という新たな視点であり、著者らの労作に拍手を送りたい。「仮名手本忠臣蔵」への反撃の書と言ったら大げさであろうか。(書評 米沢日報デジタル/成澤礼夫)

・書 名 創立九十周年記念 米沢信用金庫叢書6「上杉と吉良から見た赤穂事件」
・著 者 青木昭博 小林輝久彦
・発行者 米沢信用金庫 理事長 加藤秀明
・小B6版 巻頭カラー写真16頁、本文205頁

(2018年6月19日12:25配信)