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書評 方言集『おらだの あがゆべん よんで おごやえ』


akayuben 山形県置賜地方の方言集が刊行された。編者は、1947年、山形県南陽市出身の新山昭夫氏である。新山氏は、1973年、明治大学大学院修士課程を修了し、行政管理庁(現総務省)に入庁、関東管区行政評価局評価監視官を最後に定年退職された。オンブズマン制度や会計監査制度などの論文を発表している。現在は、長野県上田市に在住し、上田市城南公民館中村分館長をされている。
 新山氏は、赤湯中学校2年修了の時点で、石川県に転校し故郷を離れることなった。これが故郷のことば、『赤湯弁』を懐かしくさせ、今回の方言集発行につながったのではないかと、同級生の佐藤庄一氏(清水町の歴史を語る会事務局長)は述べている。地元の人が忘れかけている赤湯弁を、新山氏は純粋に記憶しているのである。
 世の中は、時代とともに常に変化している。それはことばも同様である。私が初めて米沢に来た1980年頃の言葉を思い出すと、皆が「米沢弁」丸出しで話をしていた。鶴岡出身の私は庄内弁を持っているが、それは米沢弁とは、言葉の単語、イントネーション、アクセントなど全く異なるもので、それ同士でコミュニケーションをとることはできないくらい離れていた。その中で私はこれまで標準語で話をしてきたから、米沢弁の中でちょっと浮いた存在だった時期がある。しかし、それから間も無く山形新幹線が通り、観光客など人的交流が盛んになるに連れて、段々と市民の間で米沢弁が聞かれなくなった。学校などの授業の影響もあるだろう。先生たちが標準語で授業を行えば、子供たちは小さい頃から標準語に慣れ親しんでしまう。
 しかし、米沢弁が聞かれなくなったのはそれだけの理由ではないかも知れない。方言を大事にしていこうという精神風土も必要なのかも知れない。例えば庄内弁は今も根強く庄内の人たちの間で話されている。庄内弁が時代の影響を受けて、消えていくようにはとても思えないのである。
 この方言集では、見出し語(赤湯弁)を五十音順に配列した。そして、1000語余りの赤湯弁、その共通語(標準語)、赤湯弁の会話例、共通語の会話例のように整理されている。これはとてもユニークなまとめ方となっている。赤湯弁の単語を標準語の中にまぜこぜに使っては、変な赤湯弁になってしまうだろう。それを防ぐことにつながる。赤湯弁の会話例は、主に昭和30年代当時の日常会話の中から採録している。また山形県や赤湯の紹介、「方言は好きですか?」「方言雑感」などのエッセイが所々に含まれていて、方言に対する鋭い考察がなされている。
 方言は、古代から引き継がれてきた地域文化の土台である。今、日本各地で方言が消えかかっている。その意味では、新山氏による今回の労作は、南陽市の赤湯地区だけにとどまらない、置賜地方の文化的金字塔と言えるのではないか。(評者 米沢日報デジタル/成澤礼夫)

編 者 新山昭夫(しんやま あきお)
連絡先 長野県上田市諏訪形1214−2
    TEL 0268(23)0702
非売品

(2019年1月24日17:50配信)