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書評「火防 秋葉信仰の歴史」 石田哲彌著


akiba 日本の故事ことわざの中に、怖いものとして「地震、雷、火事、親父」があげられ、この順番が言われてきた。しかしながら、親父がこの4つの中に入っているというのは、もはや昔の話となった感がある。
 それはさて置き、火事はそれまで蓄積してきたその家の財産や歴史、努力までも一挙に灰塵に帰してしまう。また死亡する確率が最も高いのも火事だそうである。かつては炊事にしろ、暖を取るにしろ、風呂に入るにしろ、全て薪に頼っていた時代、ましてや消防署もない時代、火事は最も恐ろしいものであり、火防のために人々は神仏に祈らざるを得なかった。
 本書のタイトルにある秋葉信仰とは、人々が恐れている火事を防ぐ神、秋葉三尺坊への信仰を取り上げている。秋葉三尺坊は信州(長野県)飯縄山(いいづなやま)付近の生まれとされ、飯縄権現(ごんげん)を信奉した修験者(山伏)だった。越後(新潟県)の栃尾(現長岡市)で修行し感得(悟り)し、遠州(静岡県)秋葉山で火防信仰を広めた人物として知られ、秋葉信仰の開祖である。
 著者の石田哲彌氏が住職をされていた曹洞宗瑞雲寺は、この栃尾にあり、秋葉三尺坊が修行したお膝元である。また栃尾といえば上杉謙信が最初に城主となった地としても有名である。栃尾の秋葉三尺坊と遠州秋葉山は、秋葉信仰の二大霊廟と称されている。江戸時代初期から中期にかけて、秋葉三尺坊は全国に広まり、江戸時代末期には秋葉三尺坊大権現の数は全国に2万7千を数え、「秋葉原」などの地名ができるきっかけともなった。
 序章の中で石田氏は、「全国規模に展開された秋葉信仰であるにもかかわらず、江戸時代以前の史料はほとんど見当たらず、開祖の秋葉三尺坊については伝説的存在として曖昧模糊とした存在となっている」ことを挙げ、一本の筋の通った歴史を語ることは不可能に近いとして、本書はその挑戦と書いている。そして、秋葉三尺坊は厳しい山林修行を遂行し、強靭な精神と肉体を持った人間的に豊かで、魅力に富んだ人物であったことが伺われるとも述べる。
 本書は九部構成、390頁を超える大書である。第一部から第五部までは、秋葉三尺坊の出生や修行の様子、また秋葉信仰発祥の地である栃尾蔵王権現などについて触れる。
 第六部からは、遠州秋葉山での秋葉三尺坊の活躍について述べる。その中で、江戸の火事と火消しの話では、赤穂事件の主人公、浅野内匠頭と大岡越前守が出てきて面白い。また明治維新以降、神仏分離令によって、秋葉山がどう変革を強いられたかに触れる。
 第七部は、上杉謙信と秋葉信仰について述べる。信州(長野県)飯縄山は、「天狗のお山」と称され、戦国時代は「武運長久を祈念」する信仰によって、上杉謙信や武田信玄を始め、諸国の武将が戦勝の守護神として信奉していた。上杉謙信は、兜の前立に飯縄権現を着用し、閲兵や儀式の時にこの前立を着用した。
 第八部では、秋葉裁判をテーマに論考を進める。それは、遠州秋葉権現と栃尾三尺坊の本末(本山)争いの事である。ここで、江戸幕府寺社奉行の山名因幡守による裁定が紹介される。
 第九部で、石田氏は秋葉信仰を不確かな歴史とした要因として、秋葉三尺坊の由緒について最も古いとされる史料でも享保2年(1717)の「秋葉山略縁起」が残るだけであることや、秋葉三尺坊が修行した年代について、延暦2年(783)と大同4年(809)の2説があるなど、年代がまちまちで不確定要素が多く、秋葉三尺坊の遍歴について疑問視されてきたことを挙げている。
 著者は高校教諭の経験からか、高校生に教えるがごとく丁寧に筆を進め、宗教的で難解な事柄も分かりやすく解説している。文章で説明したことを、章の終わりに図で改めて視覚的に解説するなど、読者に復習をしてもらうような編集方法はありがたい。最後はQ&Aで秋葉信仰を説明している。また所々で、AKB48のAKBが秋葉原由来であることなどが書かれてあり、ハッとさせられた。秋葉信仰が今と時空で繋がっており、現在進行形であるかのような感覚を覚える(書評 米沢日報デジタル/成澤礼夫)

書名 「火防 秋葉信仰の歴史」
著者 石田哲彌
発売 新潟日報事業社
発行 平成28年(2016)9月1日
定価 2300円+税

(2020年1月4日15:30配信)