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書評 杜 第42号(杜の会 発行)


mori42 『杜』は、枚数による明瞭な負担金制度で、小説、エッセイ、詩、戯曲、俳句、短歌、絵画、彫刻、書など、ジャンルを問わずに投稿でき、自らの作品が活字や画像として冊子に掲載される。現在、会員は12名で、編集・発行人は米沢市芸術文化協会副会長をされている清野春樹氏である。
 第42号となる今回は、詩句2名、小説5名、エッセイ・思索等が3名の計10名が投稿した。
 詩句の北川恵子さんは昨年8月に逝去されたが、過去の『杜』に掲載されたものを再掲した。「花」と題する詩は、れんげ草を詠ったもの。

 れんげ草です
 いい名前をもらった
 花です
 記憶のはしっこに
 ときどき
 思いだしたように
 咲く花です

 少女のような純粋で、美しい心でれんげ草を詠んでいる。きっと今頃、北川恵子さんは天国でれんげ草に囲まれていることだろう。ご冥福をお祈りしたい。

 小説では、清野春樹氏が「飛騨の名匠 韓志和(からしわ)〜史小説」を掲載した。韓志和とは?一瞬、先日清野氏が発行した「山形歴史探訪4 平清水・宮内・赤湯・上郷・長井の秘密」の中に、その名前が出ていたことを思い出した。
 南陽市宮内別所に坂上神明宮があり、そこに「木刻師 韓志和」と書かれた応徳3年(1086)の国内最古の棟札が残されている。韓志和は歴史上の人物で飛騨匠(ひだのたくみ)である。飛騨高山市にある飛騨匠神社には、韓志和は代表的な名工として記録されており、「延暦年間に韓矢田部志和眞人(韓志和)が飛騨匠に任じられ、平安城を造営する」と伝えているという。
 平安京は飛騨匠によって建設され、それを統率したのが韓志和だった。彼は自分の作った鶴に乗って唐に渡ったという伝説から「木鶴神」と呼ばれている。唐の伝奇(奇異な題材をもとに書かれた小説)を集めた蘇鶚撰の『杜陽雑編』所収の「韓志和」にその活躍ぶりが書かれている。
 このような背景を知った上で、この史小説を読み始めてみると、内容は徴用されて都に木工建築に携わる飛騨匠たちの話である。主人公は二十才に満たない志願した一人の若者、渡来人の韓志和。飛騨匠たちの徴用は一年間に百人と決められていた。都に着いて仕事場は、太極殿(だいこくでん)の建築である。
 清野氏による物語の展開、そして人々の生活描写など、まるで読者は平安京が作られた時代を眺めているような錯覚に陥るだろう。清野氏が史小説と詠っていることが理解できる。平安京は現在の京都市に作られたもので、延暦13年(794)から明治2年(1869)まで、1000年以上日本の首都だった場所である。
 清野氏は民俗学、古代史、蝦夷の歴史、アイヌ語にも通じているだけに、この小説も日本、唐とスケールが大きい展開になっている。韓志和は坂上田村麻呂と関係があり、唐で十五代穆宗に彫り物を差し出す栄に浴する。唐では伝説になるほどの名声を得て京に戻る。そして、南陽市宮内との関係、平安時代の歴史には疎い私であるが思わず引き込まれてしまった。

 他には、しもじあきら氏の『少年 信長(第五部)』は、いつもながら緻密な構成で、信長の心理描写が素晴らしい。斎藤道三との会話は息を呑むような緊張感があった。続く作品が楽しみである。
 柴宏氏の『ノウジョ顛末記』は、年金をもらい始めた男性と農場に働きに出た妻の物語で、定年後に起こる夫と妻の微妙な関係や子供たちとの関係、そして妻の変化を夫という視点から捉えている。特に妻の気持ちが分からないという男性には参考になる小説だと思った。(書評 米沢日報デジタル/成澤礼夫)

書 名 『杜 第42号』
編集・発行人 清野春樹
発行所 杜の会 米沢市城西3−9−6 TEL0238−23−1729
頒布価格 1,000円+税
発行日 令和元年11月30日
 
(2020年1月5日20:40配信)