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竹田 歴史講座

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書評 「光の子ども」たちへ 髙岡亮一著



hikarinoko-1 平成17年より令和2年3月まで、南陽市宮内にある学校法人南陽学園(宮内幼稚園)の理事長を務めた髙岡亮一氏が退任を機にまとめた冊子で、理事長になって15年間、学園の機関誌である「光のこども」に寄稿した14編が掲載されている。
 同氏は、4歳の時に1年通った双葉保育園から昭和27年(1952)5月、同氏の叔母が先生だった、開園間もない宮内幼稚園に移った。2年間の園生活を終えてからは、小学校から中学校まで、幼稚園に隣接する宮内教会での日曜学校に通った。そして県立米沢興譲館高校から岡山大学法文学部に進み、倫理学を専攻した。高校卒業後のほぼ10年間は宮内を離れて生活したが、28歳の時に帰郷して家業の高岡染店の仕事に従事し始め、そして自らが学んだ宮内幼稚園の足立守園長(宮内教会牧師、当時)夫妻に請われて35歳の時に同窓会作りに奔走した。
 その後、髙岡氏は宮内幼稚園の評議員となり、理事を経て理事長に就任したのが平成17年のこと。以来15年間に渡り、宮内幼稚園の経営に関わり、毎日のように子どもたちの元気な姿や声に触れてきた。
 理事長就任から数年が経って悟りともいうべきものが頭の中に浮かんだ。それは「決して思っている通りにいかないのが人生、定められている道をたゆまず歩んでゆけばいい」というものだった。そう思うようになって、何事にも素直に向き合えるようになったという。そうさせてくれたのが、宮内幼稚園に始まる「宮内認定こども園」との関わりだったと「はじめ」の中で書いている。 
 宮内さんの3人のこどもも宮内幼稚園を卒園している。だから親子の共通の土俵は、宮内幼稚園で受けた教育。そこで行なわれている教育は、一言で言えば、「一人ひとりの心の動きを大切にしながら子どもたちに接する」という伝統である。そのように育てられることで、「自分の心を大切にし、相手の気持ちを尊重することを学ぶ」と述べている。
 髙岡氏は、「親にとっての子どもは、境目のはっきりしない自分自身の延長です。わが子を通して、親は世界の広がりを体験することができるのです。それが子どもを持つことのいちばんの意味かもしれません。」と述べている。その言葉には一つの真理があり、自分自身の反省の意味もあるように思う。
 今、世界は新型コロナという大きな試練の只中にある。しかし、人類はもっと大きな試練にも遭遇し、それを乗り越えてきたという歴史もある。世の荒波に負けない、元気な子供を育てること、これはいつの時代でも親の願いであるし、親や大人の責任だろうと思う。
 私は本書の中に出てくる足立守夫妻とは何度かお会いしたことがある。キリスト教会の牧師として、また宮内幼稚園の園長として、宮内という大地にしっかりと足を下ろして、頑張ってきた足立夫妻の目指した教育の成果は、今、髙岡亮一氏の住む南陽市宮内地区を中心に、親や子どもたちの中に息づいているように思うのである。髙岡氏は昨年3月、南陽市議会議員となられた。南陽市政においても宮内幼稚園卒園生として、その学びの成果が発揮されているように思う。
 同氏はまた、備忘録ブログ「移ろうままに」に、園についてのその都度の思いや記録も綴っている。(書評 成澤礼夫)

書 名 「光の子ども」たちへ
著 者 髙岡亮一
発行所 書肆(しょし)はぐらめい
    南陽市宮内3572 TEL 0238−47−2202
発行日 令和2年5月1日

(2021年2月17日11:05配信)