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杜の会(編集・発行人 清野春樹氏)が発行する同人誌。杜の会は入会費がなく、同人誌は原稿枚数による負担金で発行が行なわれている。「杜」第46号には6名が寄稿し、小説2名、詩2名、エッセイ2名である。他に、挿絵を2名が掲載した110ページ余りの構成。
最初に登場するのが、阿部宏慈氏の小説『松風』。ご本人は現在、山形県立米沢栄養大学・同米沢女子短期大学学長という肩書きをお持ちのフランス文学者である。フランス文学者が日本語の小説を書いてもなんらおかしくはないが、どのような小説になるのか、読む前からちょっと興味深々だった。
舞台は日和線という水込駅の改札を出た所から始まる。日和線というのは聞いたことがなかったので、気になってネットで調べてみたが、日本の鉄道には日和線も水込駅も存在しなかった。読み進めていくと、主人公が迷路のような地下を歩いていっても、「日和線の改札には一向に行きつかず、気づけば看板も案内板も見当たらない。」と、ここでようやくこれが小説の空間であることに気づく。
読者は、すでにこの小説の1行目から小説の世界に誘い込まれたことになる。そして車両に乗り込む。しかし切符を持っておらず、車両は真っ暗でよく見えない。窓の外は確かにトンネルのようで、走っている先は地下へと向かう斜面のようだ。トンネルの坂の途中で、仮駅のような佇まいのプラットフォームがあって、ドアが歩くと大きな行李やスーツケースを手にした人たちが乗り込んでくる。女は頭に手ぬぐいを巻いて、行李には生みたての卵や乾物、干した昆布や塩漬けのワカメ、からかいなどが入っている。これから町に卵などをを売りに行く。
「あれ〜、どこかで見たことがある景色だ」と思った。昭和30年代、評者の出身地鶴岡市と湯野浜温泉を結ぶ庄内電鉄湯野浜線で見た景色と同じだった。戦後の貧しさがそこにはまだ残っていた時代であった。筆者の生年と出身を調べてみると、昭和30年仙台市生まれだった。なるほど、評者と同時代にしかも海の近くに生きていたことが判明した。
清野春樹氏は、幻想短篇群として6篇からなる小説を掲載した。最初の「ー少年と鷹」は、わんぱく盛りの和男が、ウサギやタヌキ、イタチなどを罠で獲物を捕る物語である。舞台が田舎の自然豊かな山間地で、その和男少年とヒョロヒョロ爺との関わりが小説に味わいをもたらしている。清野氏の描いた小説の世界は、その自然描写が実に素晴らしい。それは清野氏が米沢のような自然の中で生まれ育ったというだけではなく、近年、千頁もの米沢市田沢地区の郷土史を纏められたことにも関係するように思われる。田沢地区の歴史、民俗などを細かに、丹念に調べ上げた実績がこの小説に息吹を与えている。その証拠に、小説の中で田沢地区の地名がいくつか出て来るからである。6篇の小説はとても読みやすく、そしてロマンあり、自然の原風景あり、郷土色がにじみ出ている。観念的なものではなく、実際の人々の生活に根付いた、生きることにたくましい、そんな心地よさが感じられる良い小説に出会った。
エッセーでは、北条剛氏が『縄文杉と平内海中温泉』、井上達也氏が『まりや菓子店の来歴』として寄稿した。「まりや菓子店」は、南陽市宮内にある菓子店。同店を代表する菓子にロシヤケーキがある。エッセーでは、お店のご主人に聞いた宮内にお店を開くことになったきっかけが述べられている。九州宮崎、北陸富山、関東横須賀、アメリカテキサスと、宮内では思いもよらないスケールの物語が展開されていく。「まりや」は、神奈川県横須賀市に展開する法塔ベーカリーの跡取り娘マリアのことで、日本人とメキシコ人のハーフ、まりや菓子店の創業者遠藤太市氏の押しかけ女房となった実在の人物である。読み進めていくと、実に興味ふかい歴史があるものだと唸った。今度、宮内に行ったら同店でロシヤケーキを買って食べてみよう。
松尾到氏は、『雪を掘る』、『台所の防衛』、森英信氏は『鬼灯』と題した詩を投稿した。(評 米沢日報デジタル 成澤礼夫)
編集・発行人 清野春樹
発行所 杜の会(米沢市城西3−9−6)
TEL 0238−23−1729
定 価 800円+税
発 行 令和5年12月22日