チャールズ・ヘンリー・ダラスの遺言書(尾崎世一訳)

 これは私、チャールズ・ヘンリー・ダラスの最後の遺言書です。私が以前に横浜で書いた全ての意志を、ここに破棄します。私は私の特別な愛する妻エミリー・シャルロット・ダラスを(遺産相続人に)、横浜のウイリアム・ボーンを遺言執行者として任命します。そして、私の死後、つつがなく全ての債務と葬儀と遺言の費用が支払われるよう指示します。

 私は愛する妻エミリー・シャルロット・ダラスに私が所有することが許されている全てを遺贈します。私の妻が長生きをしない場合はサセックスのパージェスヒルホルムズデイルに住む私の柿のミセス・ルイーザ・ライトを私達の子供達の後見人になることを指名します。私は養女にしたエフィー・ダラスが私の資産分配に参加することを、また、エフィーが我々の本当の子供のように親族として扱われることを望みます。この但し書きのもとで、私の遺言執行者であるウイリアム・ボーンに私の資産を現金化し、受託者である私の姉に収益を支払うよう望みます。

 私は私の受諾者に彼女が最も安全だと思うものならば、なんであっても保険金を投資することを。そして一つの安全から、彼女が適当と思うような別の安全に替えることを望みます。

 私は彼女に養育費と私達の子供の教育費に利息を活用するよう、そして、それぞれの子供達が成人に達した時、支払うよう望みます。私は更に彼女に力を与えます。資金を保護する間、その資金が子供達が21歳になるまで、そのまま取り置かれるよりも、それぞれ子供達が等しく取り分け、分け前えの全て、或いは一部を使い教育費や保険金、その他の好きな目的にでも使用してもかまわない。

 ここで「我々の子供」を意味するのはエフィー・ダラスとグエンドリン・シーモア・ダラスと他の子供、又は多分、私達に生まれるであろう子供達である。

チャールズ・ヘンリー・ダラス(1877年11月12日付け)

最大の謎、ダラスの遺言状にある娘とは誰か

 ダラスに関する未解明の部分は、ダラスが1877年に残した遺言状に、「養子にした娘エフィ(Effie)」(右の棒線部分)の名前がある。ダラスは日本滞在中に日本人女性との間に松子という名の女の子が生まれたと記録されているが、これがダラスの遺言状に記されたエフィなのか。

 リチャード・ジョルダン・諏訪洋子御夫妻によれば、エフィは英国に渡り、家庭教師として独身の生涯をおくったらしい。ダラスの家系は絶えてしまっているが、ダラスの兄弟の子孫は現在も続いている可能性が高く、米沢市との交流ができれば画期的なことになる。2012年には英国で過去100年以前の情報公開がなされるので、エフィやダラスの親戚などもまもなくはっきりするだろう。