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 米沢日報は、平成22年10月24日、復刊60周年を記念して、宇宙航空研究開発機構名誉教授、上杉家第17代当主上杉邦憲氏を迎えて小惑星探査機「はやぶさ」をテーマに、記念講演会を開催した。小惑星「イトカワ」に向けて日本が打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」は幾多の困難を乗り越えてそのミッションを終え、同年6月、探査機カプセルは無事地球に帰還した。この偉大な成功は日本の宇宙航空工学が世界の最先端にあることを知らしめ、またチャレンジ精神の大切さを教えてくれた。上杉名誉教授はこの「はやぶさ」ミッションを16年にわたり主導して来たが、今回「はやぶさ」の開発から地球帰還に到る科学者たちの努力について貴重な講演を頂いた。講演会から要旨をお届けする。

大型化学エンジンが故障、姿勢制御できず見失う

 「はやぶさ」はやっと「イトカワ」を離陸したが、これからが大変な苦労の始まりだった。大型の化学エンジンが故障し燃料漏れが起きた。ついに「はやぶさ」の姿勢が分からなくり、2005年12月8日、通信が途絶えた。普通、通信が途絶えると回復するのは、ほぼ不可能だと思われたが、いろいろと確率計算をすると、太陽電池に光が当り、搭載しているアンテナが地球の方を向く、という条件が整う時があるのではないかということで、電波を地球から送り続けた。一旦信号が途絶えると、通信周波数がずれてしまうので周波数のスイープを行い、いろんな周波数で通信を試みた。約7週間後、2006年1月に「ぴくっ」と、はやぶさから電波が返ってきた。やっと取っ捕まえて、それから苦労してなんとか地球に帰ってくるような算段を始めた。2009年に、イオンエンジンが寿命で故障した時も、二つのエンジンを組み合わせて、何とか一つを使えるようにした。

地球に帰ってきたはやぶさ

 2010年6月13日、「はやぶさ」は地球の傍までようやく帰ってくることができた。サンプルの入っているカプセルは大きさ40センチ、重量は10キロだが、これを切り離して地球大気に入る。「はやぶさ」が地球へ突っ込んで消える前に、オペレータは、はやぶさに地球の写真を最後に一枚をとらせてあげようとした。大気圏に突入する直前に撮った写真だ。私自身もこれを見ると涙が出る。
 着陸地点のオーストラリアでは、長さ100キロ、幅10キロの警戒区域を取った。中心点からわずか500メートルのところに落ちているのがパラシュート。正確なオペレーションができた。
 カプセルの中に何が入っていたかということをチェックしているが、最近発表された写真では大きさは数ミクロンくらいしかないが、恐らくこれはイトカワから帰ってきたサンプルではないかということで、今、更に分析が進められている。

宇宙航空研究開発機構名誉教授、上杉家第17代当主

上杉 邦憲(うえすぎ くにのり
 1943年、東京都生まれ。私立成蹊高校、東京大学航空学科宇宙コース、同大学院卒業。工学博士。1990年、文部省宇宙科学研究所教授。2003年、宇宙航空研究開発機構の発足に伴い、同機構宇宙科学研究本部教授。現在は、同機構名誉教授。
 専門は宇宙航行力学、システム工学。Mロケットの開発に従事。我が国初の惑星探査機「さきがけ」、「すいせい」プロジェクト・エンジニアとして、ハレー彗星探査に成功。工学実験衛星「ひてん」プロジェクト・マネージャーとして、二重月スウィングバイ、世界で第3番目の月オービタおよび月面到達を実現。小惑星探査機「はやぶさ」ミッションを主導。上杉家第17代当主。東京都日野市在住。