hptitle01

          わが交遊録


「“なせばなる”を発揮した米沢商ホッケー部」
                          大泉 忠夫
   
 私は30代後半に一旦高校教員を止めて、文部省管轄の国立磐梯青年の家(現国立磐梯青少年交流の家、福島県猪苗代町)に3年間勤務した。この施設は今上天皇のご成婚を記念して、団体宿泊訓練を通じて健全な青年の育成を図ることを目的に建設されたもので、全国で3番目にできたものだった。
 そこでは色々なイベントを開催したが、文部省の名で依頼すると高名な方々がまさに手弁当で来てくれた。例えば、川上哲治氏や藤田元司氏などの元プロ野球監督、将棋の大山康晴名人らを講演にお願いした。講演会の後に、講師と我々職員との懇親会が行われ、それがまた楽しくて仕方がなかった。講師のお話は面白く、お酒を飲むし、おならはするしと、まさに人間的魅力に溢れた人達だった。この出会いと経験が私のその後の人生で大きな視点を与えてくれた。
 3年の任期を終えて、米沢商業高校に転勤となったが勤務を始めるなり、「ホッケー部を作ってくれ」と言われて同部顧問になった。それまではホッケーのホの字も知らなかったが、私は磐梯青年の家で学んだことを活かすチャンスであり、「なせばなる」と思った。まさにゼロからのチーム作りを始めたのである。
 チームが結成の1年目、北海道、東北ブロックの予選会が一番最初の試合となった。サッカーの試合と同じで、普通は1点か2点の勝ち負けでゲーム終了なのだが、この時は21対0での大負けだった。しかし、それにくじけることなく生徒と一緒になってがんばった。結成から6年後に国体で全国優勝を果たし、米沢市からは功労賞を頂きとても感激した。このことを通して、「誰もが大きな可能性を持っている。吾妻山や奥羽山脈を飛び越えた世界観を持つことが大事だ」と生徒たちによく話した。(おおいずみただお@米沢市社会教育委員、米沢市在住)

平成26年7月13日米沢日報掲載
平成27年1月30日14:45配信