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          わが交遊録


「多くの方々に助けられて今がある」
                          枝松 正憲
   
 わが家は江戸時代から米沢でイサバ屋(魚屋)を営んでいたが、昭和40年代後半、父が病気になり、母と高校生の私が家業を守ることになった。毎朝一番、母は自転車に乗って魚市場に仕入れに出掛けていたが、そのうちに近くの魚屋さんが母を送り迎えをしてくれ、とても助けて頂いた。
 当時のわが家は仕出しが中心で、注文を受ければどんなに遠方だろうと配達が必要だった。私達は自転車で配達していたが、助け合いの意識が強かった当時、見かねた隣近所の方が「いつでも車に乗せてあげるから遠慮なく言って下さい」と声を掛けて下さった。母と私はその励ましがどんなにか嬉しく、大いに勇気づけられたものだった。私はその時に「人の思いやりは大切なことなんだ」と高校生ながらに考えた。
 ある時、近所の人から「バイクがあれば仕事が楽になるから免許を取ってきたら」とアドバイスを受け、私は天童の自動車教習所に行き、1回の試験で合格して免許をもらった。確かに、以降は配達がとても楽になった。
 高校2年生からは卓球部部長になった。家業の手伝いをしながらだったから、とても忙しい毎日だったが、それなりに充実した高校生活だったと思う。
 平成2年、河川改修により現在地に店舗を移転したが、新しい場所で心機一転、お客様の笑顔に溢れる店舗づくりを目指してきた。米沢商工会議所青年部で開発した〝とろべこ汁〟の開発メンバーの一人として参加させて頂いたことも大きな経験となった。
 これまでわが家を助けて頂いた方々への恩返しというのは常に私の頭の中にある。しかし、その方々の多くは既に故人となられた。その代わりに、社会への恩返しというのが今の私のテーマとなっている。
 平成26年5月から、協同組合米沢市商店街連盟理事長を仰せつかったが、自己修行を行いつつ、社会への恩返し(貢献)の有り様を探っているところである。(えだまつまさのり@協同組合米沢市商店街連盟理事長)

平成26年8月24日米沢日報掲載
平成27年1月30日14:45配信