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しょうがい者支援施設栄光園 園長 黒田聡氏


 この4月1日より、米沢市万世町にある「しょうがい者支援施設栄光園」園長に就任した黒田聡氏に新園長としての抱負などを伺った。

ーー「米沢栄光の里」はどのような経緯で設立されたのですか。

黒田氏  昭和45年(1970)5月、山形県手をつなぐ親の会が(知的な)障がいを持つ者の楽園を作ろうということで、この地を求めました。当時、この付近は全くの原野と雑木林で、当時の役員・保護者の方々はまさに手弁当で汗を流して、木を切っては開墾し、現在の松風園の場所に栄光園を建設しました。そして平成10年(1998)に現在地に移転しました。

 昨年、組織変更を行い、「山形県手をつなぐ育成会」から地域に密着した法人にという主旨のもと、「社会福祉法人米沢栄光の里」を設立しました。米沢栄光の里は、「栄光園」、「松風園」、「万世園」の各施設、そして市内に「すてっぷ」という地域で生活されている方々を支援する事業所を持っております。精神薄弱者授産施設である栄光園が開園した当時は50床でしたが、昭和48年には県内全域からの入る事が出来る施設として104床に増床され、現在に至っています。

 当時、利用者の平均年齢は二十歳未満でしたから、栄光園で訓練すれば就職ができるとして、利用希望者が引きも切らない時代がありました。民間施設としては東北初の授産施設で、これまで160人が就業や家庭に帰って行かれました。

ーー園長としての抱負はいかがですか。

黒田氏 平成18年に「障害者自立支援法」という法律が制定されました。障がい者の方々一人一人に合わせて目標を定め、それに向けて一人毎の支援計画を設定、個別支援を行うというものです。栄光園で快適な生活をして頂きながら、地域で暮らせるような自立に向けての種々のことを学んで頂くというプログラムです。

 当園では、作業中心の就労継続支援事業と生活面を支援する生活介護事業、主に夜間の施設入所支援事業を行っています。

ーー市の中心部から離れていますが、利用者の方々は外出されますか。

黒田氏 就労の訓練をする場であり、生活の場であり、社会で出て行く場という位置づけですから、私達は利用者の方々が今以上に自由に外出され、大いに体験や経験を積むということは大事であると思っています。

 米沢市のバスがここ栄光の里まで走っておりますから、利用出来る方や外出したい方は米沢駅前のショッピングセンターにしばしば出かけております。

 障がいが重く、バスの乗降りが難しい方は、将来、自分で行けるように支援をさせて頂いております。入所施設で生活を完結するのではなく、ますます外に出て行ってほしいと思います。

ーー地域社会との交流も盛んですね。

黒田氏 ボランティアの方々からご協力を頂き、利用者の学びの機会を設けております。例えば、眞木恵舟先生のご指導で、ここ10年以上にわたり、書道教室を開催してきております。恵舟書院の展覧会には、栄光園の利用者の作品を毎回展示させて頂いております。地域社会に栄光園の活動や実態を知って頂く意味でとてもありがたく思っております。

 また、8月には盆踊り大会、秋には米沢栄光の里感謝祭を開催しています。施設を多くの市民の方々に知って頂き、ご理解を深めて頂く良い機会と考えております。

ーー国の予算など、財政的に厳しい時代となりました。施設の運営、経営面で大事なことはなんですか。

黒田氏 以前は国から措置費という形で、施設運営の経費を頂いておりました。その後、自立支援法が制定され、民間の参入も多くなったことから、当然のごとく私達も「運営」から「経営」へと民間的な感覚を強く求められるようになりました。

 利用者毎に、何が最善の支援なのかという視点を大事にして最善を尽くしてまいりたいと思います。

くろださとし
 昭和37年、米沢市生まれ。山形県立米沢工業高校繊維工学科卒業。昭和59年、社会福祉法人山形県手をつなぐ親の会(現米沢栄光の里)特別養護老人ホーム万世園介護員、栄光園職員を経て、平成24年4月1日、栄光園施設長に就任。