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(株)天元台 新社長 斎藤友久氏


 先月末、宿泊事業の撤退を表明し、米沢市民に大きな衝撃を与えた天元台。震災以降、利用客の減少や修繕費が膨らむなど、岐路に立たされるなか、新社長に就任した斎藤友久氏に今後の方針について伺った。

ーー新社長の抱負をお願いします。

斎藤氏 天元台は国立公園内にあり、四季を通じて山頂、山麓に多種多様な草花が芽生えるなど、自然豊かな場所です。その魅力は現場にいるロープウェイやガイドボランティアでなければわかりませんので、現場の声を伝える仕組みも重要だと考えています。米沢市民にとっても、「天元台はなくせない」と考える人は多いと思います。索道事業が柱でありますが、秋山がまもなくスタートするので、多彩なイベントや紅葉のタイミングなど、天元台の魅力をしっかり発信してまいりたいと思います。そして顧客第一で物事を考え、天候によって観光客が大きく増減するのではなく、情報を伝えファンや固定客を掴みたいと考えています。

 近年は山ガール、中高年登山など、高山に興味のある人や好きな人が増えています。そういったニーズを呼び起こすため、天元台が持つ強味を情報としてしっかりと伝える必要があります。標高が高いという魅力も活かしつつ、学校関係での高地トレーニングの誘致にも取り組んでまいります。天元台で気持ちよく過ごしてもらい、良さをわかってもらうことで、リピーターに繋がっていくはずです。今後の事業展開なども踏まえ、天元台の方向性を決めてまいりたいと思います。

ーー天元台が抱える課題は。

斎藤氏 平成14年の設立と今とではだいぶ状況が変わってきました。主に少子化やスポーツの多様化によるスキー・スノーボード客の減少、また団塊の世代の退職など、健康志向からのトレッキングブームの影響があります。そのためには今後どういった営業を行っていくかがカギとなってきます。夏はトレッキング、冬であればパウダースノーなど、天元台が持つ自然機能などを発信し、原点に立ち返り運営していきたいと思います。

 また、アルブ天元台の東・西館は建設から40年が経過し、耐震強度という面から廃止をせざるを得なくなりました。昭和63年に建設した本館では、30〜40人程度の受け入れは可能ですが、冬期間の準備や関係者の宿泊専用として一般の受け入れはしない方針です。団体や学校などの大人数の受け入れができなくなり、県外からの訪れる方には不便をかけてしまうかもしれません。近隣のペンション村や白布温泉、市内の宿泊事業者、各種団体と連携し、誘客を図りたいと思います。

ーー今後の事業展開は。

斎藤氏 一番は「天元台に登りたい」と思えるような商品企画やサービスを提供する必要があります。学校や社会教育及び、福祉関係での利用を始め、高原という癒しの場所としてPRをしたり、アルブ内にある食堂で地元食材を使い、そこでしか食べられないメニューを提供したり、「天元台に登ればこういったものがある」、「雨が降っても楽しかった」と思える魅力的な場所にしていかなければなりません。

 また、遥か230㌔先にある東京スカイツリーが理論的には見える北限としてもPRできればと思っています。面白いことに、永遠に見られないかもしれないですが、ふとした瞬間に現れるかもしれません。発想を変えれば、これも一つの観光名所になると思っています。どのようなものが営業になるのかは今後ですが、意識や発想を変えれば、今以上に良くなるはずです。

ーー米沢市民に伝えたいことはありますか。

斎藤氏 学校教育、サークル活動、市民のトレッキングで活用していただき、米沢市民の方にも登ってもらう取り組みをしなければならないと思っています。

 吾妻山は百名山としても知られ、県外から見ると、とても魅力的なスポットです。時期に合わせて咲いている花々や動物、昆虫等をリアルタイムに発信し、県内外で情報を受け取れるようにしていきますので、トレッキングやスキーなど、天元台高原へぜひ足を運んで頂ければと思います。

さいとう ともひさ
昭和27年米沢市生まれ。置賜農業高校卒業後、神奈川県横浜市にあるグリコ相模ハム入社。昭和50年、米沢市役所に入庁。平成23年産業部長、同24年4月に米沢信用金庫顧問。同7月末より現職。