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立正佼成会米沢教会 教会長 矢部光男氏

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 「一人ひとりの信者さんとご法を縁にきちっと繋がっていく」

 平成26年12月、立正佼成会米沢教会長に赴任した矢部光男氏に、新教会長として抱負について聞いた。(インタビューは成澤礼夫・米沢日報デジタル社長)

ーー矢部教会長は米沢教会に赴任されるまで、どのようなご経歴であられますか。

矢部教会長 私は茨城県日立市に生まれ育ち、大学では商学部で経営を学びました。大学卒業後に、立正佼成会の教育機関である学林で3年間、仏教や専門的なことを学びました。その後に、立正佼成会本部で企画室(現時務部)職員として採用され、以降、本部職員や4つの教会で教会長を務めさせて頂いております。米沢へは単身赴任で来ております。

ーー教会長になられたきっかけは。

矢部教会長 一つは高校受験の際に志望校(水戸第一高校)が不合格になってしまったことから、すごく悩んだ時期がありました。それまではいい大学に入って、いい会社・研究所に入って(高い給料をもらって)、社会に貢献したいというようなものを目指していたのですが、志望校に落ちたことで、何のために高校に行くのか、何のために勉強するのか、何のために生きるのかといった根源的な疑問にぶちあたったのです。
 もう一つは高校時代のことですが、学林から教会に実習に来られていた先輩方の姿がとても神々しくて憧れたということがあります。この二つが背景にあったのですが、最初は教会長ということではなくて、教会の仕事ができればと考えていましたが、学林で学んだことでこのような道が与えられたような気がします。

ーー昨年12月に米沢教会に赴任されましたが、米沢に対してはどのようなイメージがありましたか。

矢部教会長 20年以上前、当時私は本部職員でしたが、一度米沢教会を訪ねてお参りしたことがありました。冬の時期だったでしょうか、こたつが置いてあった記憶があります。この度、米沢教会に赴任すると聞いてあの時の記憶が甦ってまいりました。
 米沢といえば、「米沢牛」のイメージが強かったのですが、実際に赴任してみますと、上杉謙信公や鷹山公など、上杉の家風が土台にある歴史と文化のまちであると再認識しました。赴任が決まってから、童門冬二さんの「上杉鷹山」の単行本を一冊読んで来たところです。
 昨年、大河ドラマで「八重の桜」を見ましたが、米沢は会津と同じ城下町であり、武家文化や伝統を持つ土地柄であるとすれば、私も歴史が好きな分、すごくワクワクして米沢に来たところです。雪が融けたら歴史スポットを訪ねてみようと考えております。
 
ーー米沢教会長としての抱負をお聞かせ下さい。

矢部教会長 米沢教会は、教会長として4つ目の教会となります。教会長も教会を変わるに従って、ステージが変わって行きます。変わる度に別の階段を昇るようなものですが、米沢教会は私にとっても最後の仕上げの教会となるでしょう。
 米沢教会に赴任して、それは55年という歴史と伝統からでしょうが、信者さん方の機根が素晴らしいと感じました。ですから、私はこの教会で本当に大事なことは何かということを見据えて取り組んで行きたいと思います。具体的には、「一人ひとりの信者さんとご法を縁にしてきちっと繋がっていく」ということです。一人ひとりの信者さんをどれくらい大事にできるかというのが私のテーマです。若い信者さんに国内外で羽ばたいて頂けたら有り難いと思います。
 まずは目の前にあることを一生懸命にやらせて頂く。そして米沢の地で真心で触れ合わせて頂く。共に学ばせて頂くことから始めて行きたいと思います。

ーー矢部流の教会員との接し方はどのようなものですか。

矢部教会長 簡単なことですが、「お元気ですか」「どうしていますか」など、信者さんに「問いかける」ということでしょうか。お医者さんも必ず問診をされますが同様です。
 その人が考えていること、どのような考えを持って生きているのかを知るには、やはり「問いかける」から始まると思います。そして何か答えてくれれば、それに関連することをお話させて頂く、そのことを大事にしていきたいと思います。人間は昨日と今日は違うし、一時間前と一時間後でも違うかもしれません。固定観念を排して触れさせて頂くような触れ方をしたいと思います。

ーー人命をもっとも大事にし平和を希求するはずの宗教が、いま中東では宗教に名を借りた戦いが起こっています。とても残念なことです。

矢部教会長 私達は法華経に帰依しておりますが、法華経で一番強調する所は、「一仏乗」、すなわち、私達人間は皆一つの乗り物(地球)に乗っているという考えです。人種や宗教、あるいは文明や文化の違いを挙げれば切りがありません。しかし、共通点も必ずあるはずです。
 私達、生きとし生けるものは、皆同じ時代に宇宙船「地球号」に乗り合わせていると考えると、違いがあってもそのような方々と対立しあって行くよりも、調和や協調しあって行く方が生き方としては良いのではないかと思います。世界の宗教者が違いを乗り越えて、大きな調和の国際社会を目指して行く、そのような考えを支持しますし、立正佼成会の庭野会長も世界宗教者平和会議で世界の宗教者との対話を実践していますし、アフリカへ毛布を送る運動、明るい社会づくり運動も基本的にはそのような趣旨であると理解しています。

ーー本部職員として、庭野日敬開祖と間近に接する機会もおありだったと思いますが、何かエピソードをお話し頂けますか。

矢部教会長 結婚前、うちの家内は本部職員で開祖様の秘書をしていましたが、開祖様が家内が結婚すると聞いて、「相手を呼びなさい」と言われたことから私はいきなり呼び出しを食ったのです。法輪閣の一室に、囲炉裏のある部屋があるのですが、開祖様はそこで私を待っていて下さいました。
 「まあ、座りなさい」と言われました。ちょうど節分が過ぎた時期だったのですが、「もう少し、早く来てくれれば、その場ですぐに結婚させたのだけどなあ」と言われました。九星気学や姓名判断をして下さったのですが、節分を境に鑑定が変わるのだそうです。そこから、このような発言になったようでした。
 その時に、「砂漠の問題があると思うが、植林とかについて、君はどんな風に考えているかね」と尋ねられました。当時の私はそのようなことに全く疎くて、何も応えられないで下を向いてしまったのです。
 すると、開祖様は「お前たち、勉強不足だな」という顔で話題を変えてくれました。この時が、開祖様と直接話した最初でした。
 それから何ヶ月してからまた呼び出しを受けました。開祖様の秘書が、私達夫婦が6畳のアパートに住んでいると話したのです。開祖様は、「そうか、貧乏はいいことだよ。貧しいのが一番人間らしく育つよ」と言われたのです。その時にすごい勇気を頂きました。最初は大変な所から始めた方が人間にとってはいいことなんだと教えられました。

(2015年4月7日10:20最終版配信)

やべみつお
 昭和28年、茨城県日立市生まれ。横浜市立大学商学部卒。立正佼成会学林第14期卒。立正佼成会本部企画(現時務部)室職員を皮切りに、宮田教会長(福岡県宮若市)、厚木教会長、本部時務グループ次長、調布教会長を経て、平成26年12月、米沢教会長に就任。