hptitle01

米澤直江會 会長 河野由一氏
  

kounoyoshikazu「兼続公の遺徳を偲びながら、将来の世代に    その精神を伝えて行くことが使命」

 平成26年9月13日開催の米澤直江會総会において、第5代会長に就任した河野由一氏に、新会長としての抱負や会の現状などについて伺った。

ーー米澤直江會はどのような経緯で結成されたのですか。

河野氏 当会は直江兼続公の遺徳を讃仰、顕彰し、公の精神を現在に生かし、会員相互の親睦を計ることを目的に活動する団体として、昭和54年(1979)、米沢市制90周年の年の9月16日、米沢市の林泉寺で結成総会を行い、今年発足36年を迎えました。当時の発起人は、高森務、西山法運、今泉享吉、米野一雄、栗林一雪、情野新一、伊藤和男、野村研三の6氏で、初代会長には酒井巌氏が就任しました。
 当初は林泉寺で供養祭を行っていましたが、後に合祀されている松岬神社に移り、「神前祭」として現在に至っています。大河ドラマ「天地人」が放映された年と翌年の2年間は、特別に林泉寺で法要を行いました。

ーー会の活動の現状はいかがですか。

河野氏 特別顧問には、上杉家第17代当主上杉邦憲様に就任頂いております。現在、会員は市内外から約200名です。会員の高齢化に伴い退会者も少なくありません。これからは若い人の力を大いに入れて活動を活発化させて行きたいと思います。また米沢市議会議員の方々にも会員として参加頂いています。毎年9月の総会、直江公が亡くなった12月19日に東源寺での法要、ほかに松岬神社例祭、上杉行列に兼続公山車参加、南魚沼市の訪問などの活動を行っています。
 会員同士の交流を図る意味で発行している会誌「龍師火帝」は今年第35号になりました。

ーー第5代新会長としての抱負をお聞かせ下さい。

河野氏 歴代の会長が築いて来られた歴史と伝統を踏まえつつ、皆さんのご協力を頂きながら、米澤直江會の益々の発展を期したいと考えています。
 まずは会員を増やす事、大河ドラマ「天地人」の時と同様に、遺徳を市民の皆様にもう一度知って頂くことが私のする仕事ではないかなと考えています。
 新役員として副会長に、事務局長兼務で小泉雅行さん、渡部文雄さん、五十嵐晃一さんの3名にお願いしました。組織を強固なものにする意味で、副会長の方々に総務、編集、渉外の3部門の責任者になって頂きました。
  
ーー米澤直江會が果たしてきた役割についてはどのように認識されていますか。

河野氏 兼続公は米沢のまち作りの大恩人です。さらに殖産振興を図り、学問を重視、藩の図書館である禅林文庫を作る等、その精神は米沢藩中興の祖とうたわれる上杉鷹山公に引き継がれました。さらに明治維新後に沖縄県令をされた上杉茂憲公にまで大きな影響を及ぼしています。それだけに留まらず、いまの米沢人の精神の根底にもなっています。
 したがって、兼続公の遺徳を偲びながら、将来の世代にこれを伝えて行くことが使命だと思います。

ーー南魚沼市にある上田史談会(大嶋要三会長)との交流も盛んですね。

河野氏 上田史談会との交流は優に30年を越えています。最初は兼続公が生まれた六日町(現南魚沼市)はどんな所か行ってみようと、米澤直江會会員らがバスで訪れました。その時に、私達を迎えてくれた方々が、上田史談会の方々だったのです。高橋敬三郎さん、今成卓而さんから大嶋さんに至る会長さんたちは、私達の訪問を大変に歓迎して下さいました。
 現在、米沢市と南魚沼市が歴史友好都市ということで繋がっているのも、このような下地があったからだと理解しています。

2014年9月21日米沢日報掲載
2015年1月24日20:00配信

こうのよしかず
 昭和8年、米沢市生まれ。昭和27年、県立米沢高校(現米沢興譲館高校)、昭和31年、千葉商科大学商学部卒。税理士事務所を経て、昭和32年、米沢信用金庫入庫。昭和61年、同金庫退職、(株)羽前社に代表取締役として入社。平成6年、同社退職。昭和55年、米澤直江會入会。