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5月18日

米沢・成島遺跡「焼き釜」存在も推測

 社会福祉法人緑成会が運営する成島園の増築工事に伴い、米沢市教育委員会は16日、今年4月より行っていた成島遺跡発掘調査の現地説明会を同園で行い、遺物や多数の出土品を公開した。説明会では周辺住民や関係者ら約20人が参加する中、同教育委員会文化課の佐藤智幸さん、菊地政信さんらが出土された遺物について解説した。

 市広幡町成島にある成島遺跡は、昨年度の試掘調査を踏まえ、今年4月8日から5月17日まで調査を実施、東西37㍍、南北34㍍、面積857平方㍍、総計36基の遺構群が確認した。発掘された土器から、市吾妻町にある台ノ上遺跡とほぼ同時期の約4500年前の縄文時代中期と奈良、平安時代の遺構、遺物が検出、出土された。ただ、調査区全体が同園周辺の果樹園造成時に削平を受けたことや全体的に遺構検出面が浅く、発掘した品は少なかった。

 一方で、「三脚石器」と呼ばれる特異な形状の石器が多数発見。しかし、いずれも未成品や欠損品が多い上、奈良・平安時代の土器、被熱を受けた粘土が見つかったため、関係者は「焼き物工房があったかもしれない」と紹介した。周辺には成島1号墳をはじめとする成島古墳群や京塚古墳群などの遺跡があり、「京塚」という地名から、中世における信仰の場になっていたとの推測もされている。

 今回の調査では、集落跡などは見つからなかったものの、ゴミ捨て場として利用される袋状土壙(貯蔵穴)があり、生活様式を見れば東側(成島園付近)に竪穴式住居群が存在し、人々が生活していた可能性が出てきた。同教の担当者らは、成島遺跡とその周辺について、「縄文時代から、現代に至るまでの間、人々の生活が営まれてきたことを現している」と述べている。