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特集 紅花生産量日本一、山形県白鷹町の挑戦


   〜「日本の紅(あか)をつくる町」で地元ブランド展開〜

一、はじめに
 山形県南部に位置する白鷹町は、昭和29年(1954)10月1日、1町5村が合併して誕生した町。西は朝日連峰、東は白鷹丘陵に囲まれ、面積157.71平方km、人口14,175人(世帯数4,405戸)【平成27年国勢調査】の町である。
 同町の基幹産業は農業で、キリンビール株式会社のビールには同町産ホップが使用されている。伝統的工芸品としては、白鷹紬、深山和紙が広く知られ、道の駅白鷹ヤナ公園(あゆ茶屋)には、最上川にかかる日本一のヤナ場がある。春は桜、夏は紅花、秋は鮎、冬は隠れ蕎麦屋というイメージが自然と浮かんでくる町でもある。
 町内を南北に最上川が縦断し、江戸時代、同町菖蒲は最上川舟運の集積基地となった。また同町はかつて、女性の紅(べに)の原料や織物の染料となる紅花の主要産地として「紅花の山形」を代表する地域であり、紅花商人を通じて、京都などの上方との交流も盛んであった。
 mogamigawa17このような歴史的、文化的な背景を持つ白鷹町は、平成26年度に「白鷹町観光交流推進計画」を策定した。この計画の基となったのが、現在、白鷹町が「紅花生産日本一」という実績。今、その大切な地域資源である紅花を町活性化へ活用する取り組みが始まっている。そして紅花をキーワードに、「日本の紅(あか)をつくる町」、「シラタカ・レッド」というキャッチコピーを作り、産業、観光などのあらゆる面で「白鷹町ブランド」を展開し、全国に発信している。同町の取り組みを取材した。

写真1=白鷹町を南北に縦断する最上川(道の駅白鷹ヤナ公園) 写真 米沢日報デジタル

二、紅花から採取した女性の必需品「紅」

benibanabatake17 女性の必需品の一つ、口紅といえば、昭和初期までは「紅(べに)」と呼ばれていた。当時はスティック状のものではなく、猪口、皿、板状の容器に詰められ、それを紅筆を使って唇に何度も重ねていくことで、深い赤色の魅力的な唇に変身していく。
 この「紅(べに)」の元となる紅花は、原産地がエジプトや地中海沿岸といわれる少雨少湿の乾燥地帯。その紅花は何千キロものシルクロードを経て中国に伝えられ、更に朝鮮半島を経て、日本には3世紀中頃に伝わったとされる。一方、かつての山形(羽州)は「紅花の山形」と言われるほど、良質な紅花を生産し、生産量も全国有数を誇った。その理由としては、山形の気候風土が紅花栽培にとても適していたことや、最上川舟運により物資の輸送が容易だったことがあげられる。さらに紅花商人の活躍も相まって、山形では戦国時代の15世紀半ばより紅花栽培が始まり、最上川流域に一大産地が形成され、江戸時代に入ると日本一の規模を誇るまでに至った。
 上杉家文書「邑鑑(むらかがみ)」には、置賜領内216村のうち紅花を栽培していたのは35村とあり、中でも現在の白鷹町にあった23村のうち14村で紅花が栽培され、それは領内の半分以上の生産量を占めていることが記されている。(文禄検地(1594)による)
 紅花の花を摘んで、それを練ったものを「紅餅」といい、白鷹産「紅餅」は、一駄(30㎏袋を4つ、計120㎏)単位で運ばれ、菖蒲地区にあった舟着場から最上川を舟で下り、酒田港より北前船に積み替えられて敦賀まで運ばれ、さらに琵琶湖を経て上方の大津や京都へと持ち込まれ、「最上紅花」として全国にその名を馳せた。
 「最上紅花」の価値は、「米の100倍、金の10倍」という貴重品だった。というのも、"三〇〇輪で紅花一匁(はないちもんめ)"と言われるように、「紅餅」の生産量が極めて少なかったからである。(一匁は3.75g) 
  白鷹町は紅花を通して、上方との歴史的、文化的な関わりを持ってきたが、今、その大切な地域資源である紅花を町活性化へ活用する取り組みが始まっている。

写真2=白鷹町の紅花畑(中山地区)写真提供 白鷹町産業振興課

三、「紅餅」年間生産量は100㎏程度の貴重品
 
 紅花はキク科に分類され、生育に適した温度は10〜25℃で、生育が進むほど高温・多日照条件になる環境が良く、土壌は耕土が深く、中性ないし弱アルカリ性の肥沃な土壌が適している。
benimochi17 春に種を蒔くと7月頃に花を咲かせ、黄色い花の中で赤が三分ほどになった時が摘み頃。摘み取り作業は葉のトゲが夜露に濡れてまだ柔らかい朝方に行う。摘んだ花弁は水洗いし、よく揉みながら黄色い色素を洗い流す。更に水洗いしてから水気を切り、よしず(=葦を糸で編んだすだれ)の上に並べて、筵(むしろ)で覆い、日陰で朝昼晩に水を打ちながら2〜3日発酵させる。十分に発酵した花弁を臼で餅のようになるまでつき、3㎝ほどの団子状に丸め、さらに筵をかぶせて足で踏んで煎餅状に潰し、表裏を返しながら天日干しをして「紅餅」が完成する。
 紅餅は保存が効くことや、乾燥花よりも赤い色素がより多く抽出できるため、紅花は紅餅に加工されて染色工房や紅屋に出荷される。
 なお、紅花に含まれる色素のうち、99%は「黄色」、残り1%が「赤」で、古より用いられてきた紅は、希少な赤の天然色素を抽出したものである。
 次に、紅餅づくりの工程を紹介すると、
①紅花摘み②荒振り③中振り④揚振り⑤花ねせ⑥臼でつく⑦天日干し⑧紅餅完成、という作業の流れになる。

写真3=紅餅づくり工程 写真提供 白鷹町産業振興課

四、白鷹紅花の復活と「白鷹紅花まつり」の開催

 明治維新後、日本は外国貿易が本格化すると、欧米から化学染料が入ってきた。その値段の安さや扱いやすさから、紅花の需要は急激に縮小し、江戸時代、日本一の生産量を誇った山形でも、紅花栽培が行われなくなり、人々の前から紅花が咲く景色が消えていった。その状態が130年近く続いたのである。
 そのような中で、平成6年(1994)、白鷹町在住の8名の有志が「白鷹紅の花を咲かせる会」を発足させた。その目的は、山形県や白鷹町の歴史に深く関わる紅花を、地域の文化伝統などと連携しながら復活させ、昔のように咲き誇る姿を人々に見てもらおうという取り組みだった。
benibanamaturi17 これをきっかけに平成7年(1995)には、体験を中心とした「白鷹紅花まつり」がスタートした。平成14年(2002)からは同町滝野にある滝野交流館をメイン会場として、白鷹町をあげての大規模な初夏のまつりへと発展していく。ここでは、「紅花染め体験」、「紅花の生け花展示」、「紅花写真コンテスト」などのイベントが開催された。
 平成19年(2007)からは、紅花摘みから紅餅づくりまでが体験できる「花摘み猫の手隊」がスタートした。これは紅花を摘む時期は猫の手も借りたい生産者と、紅花の摘み取り作業を体験したいという観光客の声から誕生したイベントで、摘んだ紅花の量に応じて謝礼がもらえるというもの。
 白鷹紅花の復活を機に、「白鷹紅花まつり」の開催、更にその内容の充実が図られ、白鷹町の紅花栽培面積は、「白鷹紅の花を咲かせる会」発足以来、約10倍に拡大し、県内外から多くの観光客が白鷹町を訪れるまでに至っている。

写真4=毎年、観光客で賑わう「白鷹紅花まつり」写真提供 白鷹町産業振興課

五、「山形ふるさとCM大賞」で特別賞受賞、「紅花生産日本一」に改め

 白鷹町は、春は桜、夏は紅花、秋は鮎、冬は隠れ蕎麦屋を観光PRのフレーズとしていたが、どれも一様にお祭りのイメージがあり、地域の発信力も時間的に、広がり的にも限定的な要素があった。
 たまたま、平成25年、山形県内の自治体を15秒で紹介するビデオを番組で紹介するYTS(山形テレビ)主催の「山形ふるさとCM大賞」で、白鷹町がエントリーした紅花をモチーフにした動画が見事、特別賞「映像賞」を受賞した。作品タイトルは、「日本の紅(あか)をつくる町」だった。しかし、白鷹町としてもこの時はまだ、「きれいな紅花畑を見に来てほしい」という思いしか描いていなかった。山形県内での紅花生産シェアが70%程度あった白鷹町は、これまで「紅花生産県内一」を名乗っていた。紅餅を出荷している東京の商社へ確認した結果、「白鷹町は日本一の生産量」とのお墨付きをもらった。
 当時、白鷹町産業振興課に籍を置いていた芳賀敦子さん(現、企画政策課係長)らが、「白鷹町の強みを通年で出して行ける方法は何かないか」と考えていた時に、「紅花生産日本一」と、白鷹町は紅花の生産地であることから紅花をもっと町の象徴的なイメージに高めたいとして、「日本の紅(あか)をつくる町」という紅(あか)のイメージを前面に出したフレーズを考え出した。
akawotukurumachi17 平成25年(2013)から白鷹町として「紅花生産日本一」「日本の紅(あか)をつくる町」をブランド戦略の基本に据えて新たな施策を練って行くことになった。「日本の紅(あか)をつくる町」事業として、紅花生産者の支援事業を開始した。「日本の紅(あか)をつくる町」を使って、平成26年にエントリーした「山形ふるさとCM大賞」作品「咲かせて 摘んで 紅(あか)にして」は、見事、特別賞「音楽賞」を受賞したのである。

写真5=平成26年「山形ふるさとCM大賞」で特別賞「音楽賞」受賞 写真提供 白鷹町産業振興課 

六、「日本の紅(あか)をつくる町」でブランド戦略を展開

 平成26年(2014)、白鷹町は「観光交流推進計画」を立案することになった。その目的は「白鷹町の観光を今後どのようにしていくか」というものである。策定委員は、有識者、町民、行政から参加して話し合いを行った。その中で、「日本の紅(あか)をつくる町」と、「まるごと白鷹町」という二本の柱を立てた。「まるごと白鷹町」というのは、伝統工芸、温泉、直売所、体験観光や食などを含めた白鷹町の魅力を、町内を周遊してもらい、丸ごと味わってもらうことが目的である。
 平成27年(2015)は、国の「地方創生事業」のメニューを使い、「日本の紅(あか)をつくる町」事業をいよいよ本格化させて行った。そのために産業振興課と企画政策課を事務局にして、「日本の紅(あか)をつくる町」連携推進本部を立ち上げ、観光分野だけでなく、庁内の各課が横断的にプロジェクトを推進する体制を構築した。
benibanamusume17 まずは「日本の紅(あか)をつくる町」事業の全体イメージをプロデュース、次に、ロゴデザイン、広告塔、オリジナル切手、手ぬぐい、スクールバス、紅花生産者お揃いのユニフォーム、紅花娘の衣装、有機ELを使った行灯「YUKI ANDON(ゆき・あんどん)」などのデザインを行い、オリジナル切手、ロゴシール、マグネットシートなども作成した。
 さらに、紅花の生産体制や技術力の向上を図ることや、組織の強化を図るために生産者会議を開催した。出席した生産者31人中、10人が新規だったことは紅花生産への関心が高まった傾向を示している。
 更に、江戸時代から商売を営み、現在、本紅で口紅を製造している日本でただ一社の総合化粧品メーカー株式会社伊勢半本店(東京都千代田区)より、2人の講師を招き、紅花に関する商品学習会を開催し、紅餅の全国流通の状況などを学んだ。

写真6=「日本の紅(あか)をつくる町」をイメージアップする紅花娘 写真提供 白鷹町産業振興課

七、メイドイン白鷹町の紅花先染め振袖「万葉からの誘(いざない)」完成

mannyou17 平成27年、「日本の紅(あか)をつくる町」事業の中で白鷹町を象徴するものが完成した。それは繭、絹糸、紅花の染料、機織、縫製まで、すべて「メイドイン白鷹町」による振袖の製作である。その振袖には、「万葉からの誘」という名前をつけた。
 絹糸は地元の蚕桑小学校3年生たちが育てた蚕が作った繭からできたもの。そして白鷹産の紅花で糸を染め(先染め)、町内の機屋で織り上げた。名前の通り、奈良・平安時代の優雅さを感じさせる紅色の振袖である。それは平成28年夏の紅花colorsで初めて披露され、大きな反響を呼んだ。町産業振興課の吉村秀昭課長補佐は、「この振袖を実際に見てもらうことで、白鷹町の持つ優れた伝統文化と匠の技、更には誇りを感じとっていただきたい」と述べている。
 平成28年度の「日本の紅(あか)をつくる町」関連事業の予算は3,050万円。同事業は2年目となり、内容に一段の広がりと深みが加わった。それは紅花の染色以外の用途への利活用等である。
 具体的には、紅花を健康食材と位置づけて販売していくためのマーケティング事業として、山形銀行と業務委託契約を締結した。首都圏より有名シェフを招致し、紅花をはじめとした白鷹町産食材を活用したメニューの開発や、首都圏にある飲食店で白鷹メニューフェアを開催した。またインターネットを使ってのマーケティングを実施した。
 次に、生産面では紅花生産日本一推進事業として、すり花、紅餅、乱花の生産を支援し、紅餅では、平成27年比で、46.2%増の129.15㎏の収量をあげることができた。
 観光面では、白鷹町へのツアー客増加につなげる体験プログラムの充実を図った。町が支援を行い、白鷹町商工会青年部が白鷹町のイメージキャラクター「べにたかちゃん」の新たな着ぐるみも作成した。
 また、平成28年7月19日には、山形の紅花を題材にしたドキュメンタリーフィルム「紅」の上映会と佐々木麻衣子監督によるトークショー、東京工芸大学芸術学部教授 矢島仁氏が解説して好評を博した。

写真7=振袖「万葉からの誘(いざない)」写真提供 白鷹町産業振興課
 
八、町ホームページに「しらたか掲示板」

shiratakakeijiban17 白鷹町は、町内外のたくさんの人に白鷹町をもっと知ってもらい、好きになってほしいと、平成29年1月、町のホームページのトップページの前に、メニューごと情報発信するための新たなページ「しらたか掲示板」を設置した。これは町観光交流大使の青木実さんにデザインを依頼したもので、次の7つのコンテンツで構成されている。
①白鷹町ホームページ②「紅花生産・日本一 日本の紅(あか)をつくる町」③「歌おう!踊ろう!シラタカ・レッド」④「山形ふるさとCM大賞(白鷹町歴代作品)」⑤「白鷹の食材・郷土食(家めし・家呑み)」⑥「白鷹町ふるさと 移住推進協議会ホームページ」⑦白鷹町観光協会ホームページ、である。
 「山形ふるさとCM大賞(白鷹町歴代作品)」のページでは、平成28年度山形ふるさとCM大賞の作品「おらんだの 紅(あか)見でごやえ 〜にぎやか あざやかシラタカ・レッド」をはじめ、町の歴代CM作品を動画で見ることができる。
また、「白鷹の食材・郷土食(家めし・家呑み)」は、地域に伝わる伝統的な郷土食や、町の食材を利用した新しい食べ方、家庭でできるメニュー(家めし・家呑み)の提案を行っている。町観光交流大使の上原恭子さんが紹介する「トマトのすき焼き」などが掲載されている。

写真8=「しらたか掲示板」 写真提供 白鷹町企画政策課

九、「歌おう!踊ろう!シラタカ・レッド」で、町全体をイメージアップ

shiratakared17 平成27年「第16回山形ふるさとCM大賞」で優秀賞を受賞した「みんなでつくる白たかの紅(あか)シラタカ・レッド」の音楽を「1曲にして直売所のBGMにしたい」「振り付けを加えてダンスにして踊りたい」などの要望を受け、CMの音楽「シラタカ・レッド シラタカ・レッド 日本の紅(あか)をつくる町」をサビに使用した1曲が完成した。このオリジナルソングとダンスは、次代を担う子どもたちが歌い、踊ることで、「日本の紅(あか)をつくる町」及び「シラタカ・レッド」が町民全員に浸透し、町全体のイメージアップとなることを狙ったものだ。
 作詞は町観光交流大使の青木実さん、作曲・演奏・歌は、町の有志で組織するグループ「SRAP(スラップ)」が担当した。サンバ調のノリの良い曲と、子どもから大人まで楽しく踊れる振り付けのダンス。健康づくりや介護予防としてもオススメである。
 平成28年11月13日、町産業センターでデビューセレモニーが開催され、はじめに町内の保育園などの保護者16人と、振り付けを担当した一般社団法人日本親子体操協会常務理事の大久保裕美さんがダンスを披露し、続いて園児と保護者約200人が元気良く踊った。「おどる!シラタカ・レッド」は、YouTubeで視聴可能である。

写真9=「歌おう!踊ろう!シラタカ・レッド」デビューセレモニーにて(平成28年11月13日)写真提供 白鷹町企画政策課

odoru
「おどる!シラタカ・レッド」

1番
 紅花 一輪 咲いたよ みんなの明日が はずんでる
 紅い 紅い 紅いチカラ しらたかの町で
 みんなでつくる 紅いもの 探したんだ
 (♪NDA!NDA!NDA!NDA!NDA!NDA!RED!!)
※(シラタカ・レッド  シラタカ・レッド 日本の紅をつくる町
      シラタカ・レッド  シラタカ・レッド 日本の紅をつくる町)

2番
 紅 一筋 引いたよ
みんなの笑顔が ひろがった
 紅い 紅い 紅い想い しらたかの町で
 みんなでつくる 紅いもの 見つけたんだ
 (♪NDA!NDA!NDA!NDA!NDA!NDA!RED!!)
※(シラタカ・レッド  シラタカ・レッド 日本の紅をつくる町
     シラタカ・レッド  シラタカ・レッド 日本の紅をつくる町)

※繰り返し

写真10=「おどる!シラタカ・レッド」CDジャケット 写真提供 白鷹町企画政策課 

十、まとめ 
 以上、白鷹町の「日本の紅(あか)をつくる町」に関わる主な取り組みを紹介した。白鷹町は、「日本の紅(あか)をつくる町」のブランド戦略を更に深化させ、人、モノ、情報などを総合的に動員して、町の発展を期することにしている。
 取材を通して感じたことは、佐藤誠七白鷹町長を先頭に、役場職員一人一人が紅花に対する熱い思いであった。白鷹町の歴史的遺産である紅花をきちんと見据えた着眼点の素晴らしさと、よく練られたブランド戦略は成果や効果を確実なものにしていると感じた。紅花を通して「世界のシラタカ」へと、さらなる飛躍を期待したい。今後も白鷹町の取り組みに目が離せないという思いである。
                    (取材:成澤礼夫米沢日報デジタル社長)

参考文献
・パンフレット「白鷹紅花」(白鷹町発行)
・「広報しらたか」2016年11月14日号、同12月12日号、2017年1月12日号(白鷹町発行)
・白鷹町「日本の紅(あか)をつくる町」連携推進本部の取り組み状況(インターネット配信)
・日本の紅をつくる町 「紅(べに)」上映 監督トークショーチラシ

(2017年2月17日11:55配信)