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名和恒子さん 没後65年の叔母が残したエッセー出版


nawa-1 米沢市万世町桑山在住の名和恒子さん(73歳)は3月1日、叔母の故神尾茂子さん(昭和27年没、享年29歳)が残し、自らの手元に50年余り保管してきたエッセー「新しい時代に生きる女性の自由と恋愛」(神尾茂子著、名和恒子編)の冊子を出版しました。(写真右=故神尾茂子さん)

 故神尾茂子さんは、現在の川西町上小松で履物店を営む神尾安太郎・きよ夫婦(両方とも故人)の五女として、大正13年に生まれ、昭和15年3月、米沢高等女学校を卒業しました。その後に、満州国奉天市(現中国瀋陽市)で看護師をしていた姉久子さん(故人)を頼り、奉天市にわたり数年間勤務しました。
 茂子さんは、戦後、川西町の実家に戻りましたが、満州で結婚した姉久子さんが夫の家(徳島県)でのいろいろな事情から離婚せざるを得ず、川西町の実家に子供を連れて帰った際に、姉の辛い立場を理解し、戦後の新しい時代に生きる女性はかくあるべきだと激励をする意味で、エッセー「新しい時代に生きる女性の自由と恋愛」を認めました。
nawa-2 内容の一部は、米沢日報デジタル新聞版の平成30年1月1日号に掲載されましたが、今回、全編を冊子にしたもので(編集:米沢日報デジタル)、巻頭に茂子さんや神尾家の人々の写真、エッセーと闘病日記、詩集、短歌などからなり、本文32ページ、A4サイズとなっています。(写真左=原田町長に冊子を贈呈する名和恒子さん)

 エッセーの中で、茂子さんは女性が適齢期に達した時に男性から求愛された時にどうすることが一番聡明なことか、女性の願望、妻の有り様、そして戦後、女性は恋愛の自由が許されたとして、親の為の結婚、家の為の結婚に断固反対しています。
 戦後間もなくの昭和22年3月に書かれたエッセーとは思えないほど、文章は現代的なセンスに溢れ、格調高く、著者の深い教養や広い視野を感じるものとなっています。茂子さんは、その後、肺結核に冒され、昭和27年に享年29歳で亡くなりました。亡くなる年に書かれた日記や詩、そして短歌は己の「死」と真正面から向き合い、その詩や短歌の中に死の恐怖を克服し、見事に昇華した茂子さんの思いが綴られています。
nawa-3 冊子の巻頭に、原田俊二川西町長より「お祝いの言葉」を頂いたことから、名和さんは、3月9日、川西町役場に原田町長を訪れて冊子を贈呈し、「お祝いの言葉」へのお礼を述べました。
 原田町長は「茂子さんと自分の母親は同じ大正13年生まれで、不思議な縁を感じます。同時代を生きた母と比べようもありません。戦後、封建的な慣習が残るこの町で、女性の自立や自由を促す考え方は大変進歩的で、今日でも新鮮です」として、名和さんへ冊子の出版に関する労いの言葉を述べました。
 名和さんは川西町フレンドリープラザに冊子を寄贈し、同館では郷土史関係の書棚に保管するということです。(写真右=栗田政弘川西町フレンドリープラザ館長(右))

(2018年3月9日17:25配信)