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竹田 歴史講座

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川西町元職員自死の損害賠償事件が和解、町が記者会見


1 平成28年6月、山形県川西町職員の安部幸宗さんが自死し、その後に遺族が川西町に対して損害賠償請求を行った事件で、8月18日、山形地方裁判所が和解勧告し、双方がこれを受諾したことから、同日午後2時半から町役場で記者会見を開き、原田俊二町長、鈴木清隆副町長、奥村正隆総務課長の3人が出席した。
(写真右=記者会見が行われた川西町役場)

2 冒頭、原田俊二町長は和解に至った経緯の説明を行い、「本日午前9時30分開廷の山形地方裁判所において、ご遺族、町、双方において正式に和解が成立したことをご報告申し上げます。安部幸宗さんは、平成28年6月26日に自ら命を閉じられました。大変に痛ましく残念の思い、深く痛感しているところであり、ご遺族には組織としてご子息を守ることができず、このような取り返しのつかないことに至ってしまったこと、そして本日の和解までに長期間を有しましたことに深く心からお詫びを申し上げます。また町民の皆様に対して多大なご心配やご負担をお掛けしましたことに併せてお詫びを申し上げます。」として謝罪した。
3 原田町長は町として、「第三者委員会からの報告や公務災害の認定、訴訟裁判の和解勧告を受け、主な原因が長時間労働による業務であったことを真摯に受け止め、組織の長として責任の重さを痛感している」とし、「今後二度と痛ましい事案が発生しないように職場の中の点検とコミュニケーションの向上、管理職による労務管理の徹底、職員の健康維持増進に対する業務改善等の再発防止に真剣に取り組み、職員一人一人が心身ともに働き続けられる職場環境や業務改善を図っていかなければならない」と述べた。また原田町長は「将来にわたり、安部さんの事件を風化させることなく職員に伝え続けたい」とした。(写真右=原田俊二町長)

 山形地方裁判所は責任原因として、安部幸宗さんが自死前3カ月間の1カ月当たりの時間外勤務時間が平均で約106時間となり、公務災害認定基準の「発症直前の連続した3か月間に1か月当たり概ね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合」に該当するとして業務が量的に過重なものであったと認めた。また業務以外の負荷や自身の要因による精神疾患を発症したことをうかがわせる事情はないとした。時間外労働時間については、入退庁簿、宿日直日誌等の客観的記録から明らかで、町はその労働時間数を認識し得なかったとはいえず、以上から町は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を免れないとした。
 山形地方裁判所が勧告した和解条項は10項目からなり、和解成立後に町が記者発表の開催、町のホームページ、町報に掲載することや、和解条項の公開(損害賠償金、割増賃金未払分の金額を除く)、損害賠償金、割増賃金未払分の金額を遺族に支払う義務などが記載されている。町のホームページは、8月18日夕方から、町報は9月号の中で報告する。
 川西町では再発防止策として、①職員の労務に係る意識改革の実施、②適正な労働時間の確保と徹底管理、③心身の健康維持増進、④業務等の見直しの4項目を行うとし、その詳細について説明を行った。特に、適正な労働時間の確保と徹底管理では、新庁舎の開庁に合せて、ICカードによる入退庁時間の客観的な記録をとり、勤務時間の徹底管理を実施した。
 元職員の自死から和解まで7年余りという長時間を要した理由を問われた原田町長は、町として元職員の勤務実態を把握していなかったことや、遺族が代理人を立ててから改めてそこからスタートして第三者委員会を設置したことなどを挙げ、「振り返れば、事件性に関しての判断が甘かった。何故起こったのかという問いかけが弱く、洗い出しができていなかったことで時間が掛かった」と述べた。
 また自身の進退に関しては、「責任を痛感している。業務改善を図ることが責任を全うすること」につながるとして、今後も町長としての職責を続ける意向を示した。先に開かれた川西町議会臨時会では、「半年間、50%の報酬返上」を行うことを答弁した。裁判になったことに関しては、「損害賠償の額など、裁判所に判断を委ねた」と述べた。
 原田町長は同日午前10時半に遺族の代理人事務所で遺族と面談し、「取り返しのつかない形でご子息を亡くしたことにお詫び申し上げます」と謝罪したという。