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2件の特許出願公開・特許権の取得した鈴木嘉光さん(上山市楢下)
【花蕾期における】
高温障害対策:特許出願公開「水活用による果樹の結実安定化法」2024.10.18
凍霜害対策 :特許権の取得「遮光による凍霜害の回避法」2023.9.28
上山市楢下に住む鈴木嘉光さんは、令和5年、「さくらんぼ」等の凍霜害による農作物全般を守る技術で特許を取得、さらに令和6年には、花蕾期の高温障害から「さくらんぼ」他を守る技術を発明し、特許出願内容が公開されている。
この2つの技術は、地球温暖化や異常気象によって引き起こされる「さくらんぼ」を始めとする果樹への悪影響を回避する画期的なもので、共に花蕾期に対応する「二刀流」とも言える発明である。(取材 成澤礼夫 米沢日報デジタル社長)
一、令和6年4月中旬の記録的高温がもたらしたもの
近年、地球温暖化の影響からから果樹生育の前進化が顕著で、特に発芽期から開花始期にかけて、降水量が極めて少なく、夏日のような暑い日が頻繁に出現している。
(写真左=軟果となった佐藤錦)
特に、さくらんぼ等においては、「偽単為結果」現象が2019年から見られるようになり、ここ6カ年では4カ年、直近の3カ年では毎年発生し、結実不良や軟果が大量に発生し、甚大な被害が発生した。
核果類での発生が多く、品種間の差が大きいが、さくらんぼ「佐藤錦」では正常な果実の着果が少ない上に流通過程で軟果の発生が多く、全国需要の期待に十分に応えられていない。今後、令和6年同様に開花前に高温状態になれば果樹の被害が毎年継続して発生する恐れがある。
(写真右=佐藤錦、ほぼ全てが「偽単為結果」だった)
(写真左=落果し、「首曲がり」が発生)
二、山大農学部卒、40年以上の果樹生産の研究、鈴木嘉光さん
上山市楢下に住む鈴木嘉光さん(64歳、以下嘉光さん)は、昭和54年に山形大学農学部(山形県鶴岡市)に入学した。恩師の故渡部俊三教授の研究室では、落葉果樹の組織形態などの研究に係わった。
昭和58年3月に大学を卒業、4月から山形県立園芸試験場の果樹部研究員として社会人のスタートを切った。
(写真右=種々の実験に取り組んだ鈴木嘉光さん)
以来、40年余りにわたり、さくらんぼ、ラ・フランスなどの果樹生産の研究に従事してきた他、自宅のある上山市楢下の自園地で、さくらんぼ、ラ・フランス、りんごなどの研究を手がける育種家であり、発明家でもある。令和6年4月中旬の記録的な高温が、その後に山形県内のさくらんぼ等で甚大な被害をもたらす結果となる。
三、高温で花芽にジベレリン(内生ホルモン)発生
2年前の令和4年6月、嘉光さんの自園地にあるさくらんぼ「佐藤錦」が、果実の生育が進むにつれて、落果や大きな着色果が散見され、その結果、作柄不良となった。
(写真左=さくらんぼの花蕾期)
この原因を調べるため嘉光さんは過去の文献を検索してみると、1990年代後半から香川大学の先生らが「佐藤錦」の結実不良(実がならない不良)に関する研究をしていたことがわかった。
その文献である『暖地のオウトウ栽培と課題』(農業技術体系果樹編 オウトウ 追録第17号第4巻ー技84の11の3〜5ー片岡郁雄、別府賢治 香川大学)の中に、「開花始め前後の最高気温の影響で、内生のジベレリンによる胚のう退化」の現象が示されていた。
(右図=「暖地のオウトウ栽培と課題」文献データ「香川大学」)
ジベレリン(GA3)は植物内部で生み出すホルモンの一種で、このホルモンを応用した技術が、種無しぶどうを作る際に、農家の人が「ジベレリン処理」といって、ぶどうの花穂をジベレリンの液体に浸漬する作業を2回行うことは広く知られている。
前述の文献には、外気温が開花期前後の「佐藤錦」の結実に及ぼす影響のデータが示されている。
(写真左=花蕾期の高温障害により種子(仁)が傷んだ状態 写真提供 鈴木嘉光さん)
ここで行われた実験の方法は、3月16日から開花終了時まで佐藤錦を日中に10℃、15℃、20℃、25℃の各温度の人工気象室に搬入し、満開後の日数を横軸に、結実率(%)を縦軸に纏めたデータである。
満開後日数が50日(収穫期)のポイントでは、15℃の結実率が約50%、20℃が約30%、25℃が約2%を示している。これから25℃では結実率が急激に悪化することが明らかに分かる。また「佐藤錦」の胚珠の発育は、高温で46・7%の胚のうや珠心退化が確認されたと書かれてあった。
(写真左=表面が赤黒く、小さめ、不整形である。右:やまがた紅王、中:紅秀峰、左:佐藤錦)
結実不良の要因として、花蕾期間の高温による胚のう内細胞の害が考えられる。
植物生理学的には、「偽単為結果」で、正常な受精がなされても胚乳核の分裂が停止し、胚形成の停止を引き起こすものである。種皮形成過程も異常となり、種子はシイナ(empty seed)となってしまう。胚形成停止期間が遅い品種ほど、シイナが大きく成長するが、収穫後の流通段階において「軟果」と言われるものが多発してしまう。
(写真右=やまがた紅王、紅秀峰、佐藤錦の種子で、種子「仁」は、すべてシイナ「死」状態になっていた)
この「偽単為結果」とは、花蕾期の高温影響で内生分泌した高濃度のインドール酢酸(IAA)とジベレリン(GA3)が胚のうの退化を引き起こしてしまうもので、「結実の種類」である。嘉光さんの発明は「効果的に水を活用し、これら内生ホルモンの分泌を抑制して、偽単為結果を防止する」ことを目的にしたものである。
(写真左=ただし、ナポレオンは耐暑性が大と思われ、種子「仁」は問題なかった)
四、高温障害回避の実験、研究者魂で種々の挑戦
嘉光さんは、高温障害が発生した令和4年のさくらんぼの開花時期の気象データを調べてみた。すると開花始めの前に異常な高温の日が数日あることが判明した。また高温障害が多発した令和元年も同様のデータが確認できた。嘉光さんの研究者魂が奮い立った。翌、令和5年春、上山市楢下の自宅で病気療養中であったが、自園地で実験を試みた。
実験では、「佐藤錦」の開花始め前後の期間で、20℃以上の高温となった4月11日の午後に散水した際に、誤って多く散水してしまい、「佐藤錦」の根の部分に大量の水を浸透させる形になってしまっていた。
嘉光さんは、この現場から、「佐藤錦の花蕾期から開花始め前後の期間に、周囲温度を下げることと、蕾時に根に十分に潅水(かんすい)することで、結実に良い影響を与えるのではないか」と考えた。
五、大規模園地でshower法を実証
嘉光さんは、令和5年に行った高温障害回避のための実験結果を基に、さらに大規模実証を行うことにした。
令和6年4月、さくらんぼ農家の協力を得て、shower法の実証を行うことにしたのである。花蕾期の4月13日から高温の日が続き、3日間にわたり午後に散水を行った。その結果、「やまがた紅王」を始め、「佐藤錦」の樹は枝がしなるほど見事な着果が確認できたことから これまでの過去のデータを纏めて、令和6年7月29日、「水活用による果樹の結実安定化法」の特許出願を特許庁に対して行った。
この発明内容は、これまでの日本国内や世界の研究者、また農業従事者も気づいていないと考えられる「着果の確実性に影響を与える重要な事象」である。これまで香川大学の先生らが「佐藤錦」の結実不良に関する素晴らしい研究があったものの、その回避方法について文献の中で示していないのは何故なのか。考えられるのは、山形県内では平成30年頃までは、それほど花蕾期の高温障害が広範囲にわたって深刻な影響を及ぼしていなかったものと推定される。
嘉光さんは、哲学者ニーチェの言葉にある「何か新しいものを初めて観察するのではなく、古いもの、古くから知られているもの、あるいは、誰の目にも触れていたが見逃されていたものを、新しいもののように観察することが、真の独創的な頭脳の証拠である。」を実践したわけである。
特許出願内容は、令和6年10月18日に特許庁サイト(J-platpat)でネット公開された。このサイトは世界中の特許管理機関とリンクしていることから、世界中の研究者や農業従事者の注目を集めることになるだろう。
六、公開された特許出願内容での高温障害対策
嘉光さんが特許出願した「水活用による果樹の結実安定化法」をもう少し詳しく紹介したい。具体的に対策として2つを挙げている。
【 根域への潅水 】
果樹の花芽が膨らみ、発芽した頃から萌芽・開花始め(花蕾期)にかけて、降水量が少なく土壌が乾燥する場合は、早めに潅水して十分な土壌水分の維持に努める。
(写真左=花蕾期の水活用による結実安定化(楢下))
土壌の乾燥を防ぐためには、この生育期間に土壌30㎝深の水分含量割合として20〜30%を目安に湿り具合を確認し、土を握った時に水が滴り落ちず、かつ、パサパサしない状態にする。園地の水はけの良い地点を代表地点として、スコップで30㎝深を試掘し、水分不足と判断した時は、速やかに樹冠下根域へ十分に潅水する。潅水の方法はスプリンクラー潅水、畝間潅水、散水器具活用を有効な方法としている。
4月上中旬にかけて、水の確保が困難な園地では、降雨直後にビニール等で樹列の半分を覆い、水分蒸散抑制を図り、根域水分の保持に努める。一方、樹体の反対側は降雨時の雨水、追加潅水などを取り込む目的で被覆をしない。
腐食を多く含む団粒構造が良く発達した土壌では、水が飽和した時の容水量が非常に高く、多くの水を団粒内部に貯水できる。バーク堆肥やもみ殻、腐熟堆肥などの有機物を落葉後に連年施用して、保水力の高い土づくりに取り組むことが重要であるとしている。
傾斜地の果樹園は、土壌乾燥がより著しいので、高い位置に貯水を目的としたタンクを設置して水を満たし、土壌乾燥が続く場合は、細いホースなどを活用して、上方から下方へ重力で幹近くの根域に点滴潅水を試みる。
【 園地全体を散水、花芽熱放散 】
果樹の花芽が膨らみ、萌芽・開花始め(花蕾期)にかけて、夏日のような暑い日が到来した場合、午後の最高気温の時間帯後に、園地全体に十分量散水して暑気を払い、花芽の熱を下げる対応を開花3分咲きの生育相になるまで継続して実施する。
(写真左=良質なさくらんぼ、楢下)
高温の到来に備え、園地の日当たりの良い場所の1・5mの高さに裸棒温度計を設置し、気温を正確に把握する。一回でも逃すと、凍霜害同様、回復しないので留意する。高温日の到来予測は、週間予報で予め見当をつけておくことが重要である。
日中の気温が20℃以上になる予報が出た場合は、前日の予報に特に注意する。高温当日は、最高気温を記録する午後2時以降にスピードスプレヤーや散水装置を稼働して十分に散水し、暑気を払って花芽を冷却する。
(写真右=安定して高品質、80kg〜90kg/樹が収穫でき、ほぼ80%が2L・秀、楢下)
最高気温が20℃を大きく上回る日は、夕方4時頃でも暑いので日入り前に気温を再確認し、園地全体が涼しいことが体感できたら散水作業は終了する。高温障害を回避する散水は、開花3分咲きの生育相まで欠かさず継続して実施する。凍霜害対策と同じ生育ステージなので、天気予報に十分注意することが肝要である。
まさに「メシベの卵細胞を守護して、真の果実が結実し、《豊年満作》となる発明」である。
《特許申請に活用した先行文献参照》
七、令和5年9月、「遮光による凍霜害の回避法」の特許取得
嘉光さんはこれまで長年不明だった凍霜害の原因を発見、凍霜害から農作物を守る対策を考え特許出願し、令和5年9月28日に登録された。この恩恵は、全世界で凍霜害による農作物への対策として期待されるものである。令和6年1月1日の本紙米沢日報で詳細を紹介したが、改めてその内容を簡単に記しておきたい。
凍霜害の影響と対策に関する研究は、戦前から続けられてきたが、従来は低温の程度や遭遇時間と関係すると言われてきた。その対策は夜通し、火、水、風を使用して、凍霜を防止するという対策で手間隙と費用がかかる内容だった。
令和3年4月11日早朝、さくらんぼの花芽がほころぶ頃(開花直前)直後に山形県全域で凍霜害が発生した。山形県が同年7月21日に発表した被害状況は、県内29市町村で果樹が4071haで、合わせて124億2千万円となった。
凍霜による雌しべの枯死が原因である。4月12日、嘉光さんは、上山市楢下にある自園地のさくらんぼを見に行き、花芽を採取すると90%を超える被害を受けていた。開花時期になって、ある不思議な光景を目にした。前年秋に体調不良で入院した嘉光さんが、防風用ブルーネットを巻き上げずにおいていた畑のさくらんぼ園では真っ白な花を咲かせていたのである。
八、朝日の赤外線による「ヒートショック」と仮説
凍霜害発生から暫くして、元大手総合電機メーカーの研究開発部門で働いていたSさんと話す機会があった。太陽光は42%が赤外線、10%が紫外線、残りが可視光線他が含まれている。2人は、さくらんぼの凍霜害が、「花芽が凍ってその細胞が破壊されるのではなく、凍った細胞が赤外線によってヒートショックを起こし破壊されるのではないか」という仮説を立てた。
嘉光さんの実験が始まった。翌令和4年3月10日夜、翌日の低温情報が入ったので、促成した枝の花芽を外気にさらして凍結、その後に朝日に当てた枝と日出前に日陰にする枝に分けて比較したところ、破壊された花芽は、朝日に当てたものが66%(56/85)、日陰にしたものが0%(0/107)という結果を得た。朝日の赤外線によるヒートショックと断定できる結果だった。
(写真左=ブルーネットが無いものは全滅【上】ネットを上げずのものは満開に【下】
2021年4月下旬 上山市楢下)
嘉光さんは、凍霜害の原因から対策までのストーリーが整理できたことから、「早春、果樹の花芽が膨らんだ頃に、無風で強い放射冷却により花芽が凍結してしまった朝、日の出前までに樹体の東側に太陽光遮へい物を立て朝日の直射光を遮って日陰を創出し、その内で凍結した花芽を外気温上昇に従って、ゆっくり解凍すれば凍霜害は回避される。」(原文)という内容で、「遮光による凍霜害の回避法」と題する特許出願を令和3年10月6日に行い、令和5年9月28日付けで特許証(特許第7357381号)が嘉光さんの手元に届いた。(特許庁ネットJ-platpatにも掲載)
《特許申請に活用した先行文献参照》
九、世界の農業生産に一大革命となる特許及び特許出願2件
嘉光さんが現在、特許申請中の「水活用による果樹の結実安定化法」、及び特許を取得した「遮光による凍霜害の回避法」の2つの技術は、自然現象を注意深く見つめ、種々の実験から得られた素晴らしい発見と発明内容である。
(写真右=鈴木嘉光氏の特許登録証)
特に言えるのは、「原因を的確に捉えれば、対策内容が極めてシンプルになり、費用対効果が抜群に良くなる」ことである。
今後、世界では急激な人口増加、温暖化による食料生産の先行き不安など課題が多い中で、世界の農業生産に寄与する技術であることは間違いなく、農業の一大革命をもたらすものとなるだろう。それは農業に携わる人たちに、省力・高品質・多収を与え、後継者が育つ環境となる。また果樹の生産・加工・販売、地域の観光、商工業が好循環となり、地域活性化にも寄与する大発明である。
嘉光さんのこれまでの不断の努力と熱い研究者魂に敬意と感謝を申し上げたい。
(本記事は、米沢日報デジタル新聞版「米沢日報」2025年1月1日号より転載、一部文章の変更と写真を追加済)