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ウクライナへ約40万個のカイロを発送した会が報告書発行

 2022年2月24日、世界に衝撃を与えるニュースが飛び込んできた。国連安全保障理事会常任理事国であるロシアが隣国のウクライナに軍事侵攻を開始したというニュースである。
 国連による戦後の秩序と平和の追求の努力を台無しにするような大国の覇権主義的行動である。そしてそれは4年余り過ぎた現在も終戦への出口がいつなのかさえ分からないような様相を呈して泥沼の戦争が続いている。双方で何十万人もの貴重な人命を失い、資源の途方も無い無駄使いなど、人間の愚かさを感じざるを得ない行いである。
 ウクライナ戦争が始まった当初、ロシアはウクライナのインフラへ攻撃を加えることによって、市民生活を困窮させ、政府や国民の戦闘意欲を削ごうと試みた。とりわけ発電所や変電所など電力関連施設への攻撃は、酷寒となるウクライナでは、人びとの生存を脅かすものであり、寒さに凍える小さな子供たちやお年寄りなどの様子がテレビにしばしば映し出されるにつれ、私は怒りがこみ上げてきた。(取材 成澤礼夫)
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1 福島県で高校の英語教師を務め、長年にわたり、福島県の国際交流活動で先導的な働きを為してきた武田徹氏(85歳、福島市在住)は、2011年3月11日の東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の水素爆発を機に、米沢市に避難してきた一人である。
(写真左=武田徹氏と報告書)
以降は11年にわたり米沢市に住み、ここで多くの仲間ができた。その後、福島市に住居を移して間も無い、2022年2月24日に、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を目の当たりにした。
4 武田氏は、2022年11月末、友人らと「自分たちで何かできることはないか」と話し合いをする中で、攻撃により電気が通じずに寒さに震えるウクライナの人々へ「使い捨てカイロを送ろうではないか」という意見が出され、「ウクライナに使い捨てカイロを送ろう」会(武田徹代表)が立ち上がった。
(写真右=山形県平和センターに届いたカイロの山)
 この運動が新聞、テレビで報道されると同会の元には、全国から1226名を数える賛同者からカイロが送り届けられた。それは一個から数千個まで、集まったカイロの数は約40万個に及ぶものとなった。
5 保管場所として、第一貨物山形支店の倉庫を長期間借用することができた。また仕分けの作業は、南陽市の東置賜労働福祉会館を利用させてもらった。
(写真左=仕分け作業2023年3月22日)
 はじめはウクライナ大使館の指示に従い、カイロをウクライナへ送ろうと準備を進めたが、発火性のあるカイロを海外に輸送することには問題が生じた。そこで山形県河北町生まれの吉田晴美衆議院議員(当時、立憲民主党所属)に相談すると、同議員の紹介により、郵船ロジスティクス株式会社が全面的な支援を約束してくれた。
 第一便は2023年1月24日、第二便は2月24日に航空便でウクライナに送られ、3月3日のNHKのテレビ報道で、カイロが無事にウクライナに届いたことを知った。カイロの到着は、現地のテレビでも放映され、多くのウクライナ国民に届けられ、励ましに繋がったことを確認した。
2 同会には、カイロの他に多大な支援金も寄せられ、第二便の発送と関連費用として使用した。2023年3月20日から31日までの期間、延べ百人余りが南陽市、福島市を中心に仕分け作業に従事した。
(写真右=出発を待つカイロ、第一貨物において)
 同年5月時点では、765箱、約29万5千個のカイロが船便での発送を待つ状態となり、同年7月末にはウクライナに無事到着した。集まった約40万個のカイロは、最終的に航空機と船舶によって、約36万個がウクライナに届けられた。
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3 全国から届いたカイロには、多くの手紙が付されていた。武田氏らは、「送ったカイロはどうなったか」をきちんと報告したいとの思いから、2026年6月30日、「カイロを送る会」の活動報告を小冊子にした。
(写真左=A4サイズの報告書)
 このレポートは、A4サイズで54頁からなり、「使い捨てカイロをウクライナに送ろう」会の武田徹代表が「はじめに」と題して、これまでの経緯をまとめている。そこでは、カイロの保管場所に苦労した様子や、「当時は目を通す余裕が全くなかった手紙にも、今回ようやく一通、一通に目を通し、カイロに込めた気持ちを理解し、このレポートをまとめることにした」と述べている。
 レポートの中では、「はじめに」と「カイロを送ってくださった全国のみな様へ」のメッセージは、英語に翻訳して掲載した。ウクライナの人達や他の外国人にも自分たちの活動を知ってもらいたいという願いからである。またレポートでは、活動の様子や山形県庁や福島県庁での記者会見、吉村美栄子山形県知事との面談、郵船ロジスティクスでの懇談の模様、カイロ仕分けから搬送、キーウ着までの写真を時系列で掲載した。
 さらに「カイロをウクライナに送る運動」の経緯と、「すべてを終え、今振り返ると」と題して、反省をきちんとまとめている。「すべては一(いち)から始まることを肝に銘じたい。何事も諦めてはならないのである。」と武田氏は述べている。上杉鷹山の「なせばなる」の思想そのものである。
 他に、新聞で取り上げられた記事を転載した。そして、多くの誌面を割いているのが、カイロを送ってくれた方々からの手紙である。総計で371名の手紙が掲載されている。その温かな心に触れる内容は極めて貴重である。
 その中には、「ウクライナの人達のために何かしたい。しかし、どうしていいかわからない。カイロを送るのなら、自分でもできる」と武田氏らの活動に感謝している様子や、カイロだけでなくカイロの使用法が書いてあり、「ウクライナの人達に教えてほしい」という提案もあった。
 武田氏は、カイロに付された手紙の中の意見や感想から、「困った時はお互い様」、「おもてなし」、「お天道さまが見ている」などの、日本人が長年に築き上げてきた国民性や精神性のなせる技だと考え、日本人であることを誇りに感じたという。
 「はじめに」の中に、運動を主に担った人達20名の名前が記されている。すでに物故となった方もいる。冬が厳しい東北という場所に住む人たちが考え行動した。日本人の優しさを具体的な行動として表した「カイロの贈り物」は、歴史に刻まれる偉大な活動だろう。大きな拍手を送りたい。同会では、レポートを届けたくても電話が集中して聞き漏らしたり、無記名や判読できない手紙、伝票などがかなりあったことから、周囲にそのような方がいた場合は同会に連絡してほしいと話している。
 このレポートに興味関心のある人は残部がある限り贈呈するという。
 問い合わせ 「使い捨てカイロをウクライナに送る」会 代表 武田徹さん
FAX:024-558-3973