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燃え盛る火の輪を潜る小松豊年獅子踊り

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 山形県指定無形文化財である川西町の小松豊年獅子踊りが、8月16日、同町の大光院前を皮切りに町内6か所で行われました。
 この獅子踊りは、主催者の解説によれば、奈良時代から平安時代初期にかけて、奈良の法相宗の僧だった徳一上人が「法の過ち」により流され、日立、会津を経て、現在の川西町ダリヤ園の近くで小屋住まいをしていた時に、上人の郷愁を慰めるために村人たちが始めたと伝えられています。
 「法の過ち」とは、天台宗開祖の最澄との間で行われた「三一権実諍論」の教学論争で敗れたことを指すものと考えられ、大光院の場所は徳一上人の成道(じょうどう=悟りを開くこと)の跡であることから、同寺院の1200年の歴史を物語るものとなっています。
 江戸時代、藩財政が厳しかった米沢藩では、この踊りは不作の年は踊れず、豊年の年しか踊れなかったため「豊年獅子踊り」と名付けられました。
 3匹の獅子は、一年間の農作業の仕草が織り交ぜながら、赤い色の花笠をつけた6人の早乙女とともに踊りました。笛の音の中で踊りは古典的な雅を感じさせる優雅なものです。ハイライトは、獅子が火の輪を潜るもので観客からはさかんな拍手がおくられました。大光院前に続いて、同寺院赤御堂前で踊りが行われましたが、30数年前まではこの場所で火の輪を潜る踊りが行われていましたが、場所の都合から、現在は大光院前で踊られています。

(2016年8月16日14:40配信)