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秦逸三氏銅像が米沢市松が岬第2公園へ建立

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 大正元年(1912年)に創立間もない米沢高等工業学校(現山形大学工学部)の講師(後に教授)となり、苦心の末に、日本で初めて化学繊維(レーヨン、人造絹糸)を作った秦逸三氏の銅像(胸像)が9月25日、米沢市松が岬第2公園に建立され、米沢市、帝人(株)、秦氏の親族ら関係者が参列して除幕式が行われました。
 銅像(胸像)は、帝人株式会社三原事業所(広島県三原市)に昭和27年に建立されたものですが、同社の前身である東工業株式会社米沢人造絹糸製造所が設立されて100年目の平成27年に、秦逸三氏碑文とともに、帝人(株)から米沢市に寄贈されたものです。
 除幕式では、中川勝米沢市長、帝人(株)代表取締役社長 鈴木純氏、秦逸三氏の孫で國學院大學教授の秦信行氏、山形大学工学部長の飯塚博氏が挨拶を行いました。除幕では、秦逸三氏の9歳と6歳の玄孫も介添えに参加しました。
 胸像の大きさは、180㎝ × 120 ㎝ × 90㎝(台座を含む)で、建立場所は米沢市松が岬第2公園(参道沿い)にあり、上杉神社への参拝に向かう観光客が必ず通り過ぎる場所にあります。また上杉鷹山の座像が隣りに、米沢牛の恩人チャールズ・ヘンリー・ダラスの碑もすぐ近くにあり、かつて米沢の殖産振興に大きく貢献し、米沢の現在の礎を築いたとも言える3人の碑が同じ場所へまとまりました。
 また、銅像(胸像)とともに米沢市に寄贈された秦逸三氏の碑文は、米沢市の御成山公園に移設が完了しました。

(2016年9月25日17:20配信、9月29日13:30最終版配信)