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上杉鷹山ゆかりの籍田で抜穂祭(稲刈り)

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 米沢藩第9代藩主上杉鷹山は安永元年(1772)3月、農耕の大切さを教えるために、城の西にある遠山(現在の米沢市御廟3丁目)に開作田を設けて、中国周代の「籍田の礼」にならい、自らが鍬をとって耕しました。この籍田の礼を記念するために、明治35年(1902)、当時の農商務大臣で米沢市出身の平田東助が揮毫した石碑が同地に建立されました。
 10月12日、上杉松岬両神社籍田の抜穂祭の儀が、籍田の碑前で、上杉家、同神社、農業関係者らが出席して行われました。この日の抜穂祭では、はじめに上杉松岬両神社宮司らが神事を行い、出席者の代表が玉串を捧げました。
 続いて、白装束姿の上杉松岬両神社献穀会会員12人が手に鎌を持って、一束づつ丁寧に稲を刈り取り、天日干しのための杭に稲を積み上げて行きました。約30分かけて2畝(60坪)の稲を刈り取りました。この日収穫された稲は、約2俵(120キログラム)分で、山形県のブランド米「つや姫」です。
 献穀会会員が東京都日野市在住の上杉家第17代当主上杉邦憲氏宅に米を持参して召し上がっていただくということでした。肌寒い天気の中での刈り取りでしたが、上杉鷹山の精神が今に蘇るような荘厳な雰囲気の中での抜穂祭でした。

(2016年10月13日22:20配信)