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前田慶次屋敷跡「無苦庵」の発掘調査現地説明会

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 米澤前田慶次の会(梅津幸保会長)は、前田慶次が晩年を過ごした居館として伝えられている米沢市万世町堂森にある慶次清水a遺跡内の「無苦庵」について、昨年の第Ⅰ次発掘調査に続いて、平成28年10月15日〜22日にかけて第Ⅱ次発掘調査を行い、10月22日、発掘調査で得られた成果について現地説明会を開催しました。
 発掘調査は、米澤前田慶次の会が米沢市教育委員会の指導のもとに実施したもので、同教育委員会文化課の手塚孝氏が調査担当の任に当たりました。今回の調査面積は、昨年実施した場所の北側で、面積は63㎡(9m×7m)です。
 説明会では、梅津会長が今回の調査方針として、当時の生活の痕跡を探るものをポイントに調査区を設定したことなど概要を説明し、竹田実調査主任は今回の成果や今後の調査方針などを説明しました。続いて、 手塚氏が発掘場所で検出された遺構や遺物に関して説明を行いました。
 今回の発掘では、耕作土を取り除いて地山が現れたところに当時の遺構が見つかり、また当時の遺物と想定される木製品や陶器の破片が検出されたことや、井戸跡は深さが74㎝で(当時の地面からは約1mの深さ)、内部からは脱穀用の木製「タタキ棒」2点と箸2点が見つかりました。また、井戸跡の西側には、浅い溝跡が見られたほか、馬の蹄痕跡が確認されたことで馬用の井戸の可能性があるとしました。溝跡は排水用に用いられたのではないかと推測しています。出土遺物では、土鍋片1点と手焙(てあぶり)片4点、農作業の「タタキ棒」2点が見つかり、いずれも無苦庵当時の頃の遺物と推測されています。今後、出土遺物の炭素年代測定を検討したいとしています。
 手塚氏は、具体的な建物跡は検出されなかったものの、井戸跡があったことから東側に庫裏(くり:台所)もしくは厩(うまや)に結びつく施設がある可能性を指摘し、今回の調査で無苦庵の核心部に近づきつつあると述べました。

(2016年10月23日23:30配信)