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上杉鷹山ゆかりの「籍田のお田植え祭の儀」


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 米沢藩第9代藩主上杉鷹山は、安永元年(1772)3月、農耕の大切さを教えるために、城の西にある遠山(現在の米沢市御廟3丁目)に開作田を設けて、中国周代の「籍田の礼」にならい、自らが鍬をとって耕しました。この籍田の礼を記念するために、明治35年(1902)、当時の農商務大臣で米沢市出身の平田東助が揮毫した石碑が同地に建立されました。
 5月29日、この籍田の碑の前で、毎年恒例となった「籍田のお田植え祭の儀」の神事が行われました。上杉家、上杉松岬両神社信仰会、同両神社献穀会会員、米沢市からは副市長、米沢市議会副議長ら30人余りが出席する中、上杉松岬両神社大乗寺健宮司が祝詞をあげ、出席者代表が次々と玉串を捧げました。
 続いて、白装束姿の上杉松岬両神社献穀会会員12人が田んぼに入り、15センチほどに育った稲を丁寧に一株ずつ植えていきました。2畝(2a、60坪)の田植えは、約30分足らずで終了しました。この日植えられたのは、山形県のブランド米「つや姫」で、秋には約100kgの収量を見込んでいます。
 収穫された米は、同献穀会会員が東京都日野市在住の上杉家第17代当主上杉邦憲氏宅に持参して召し上がっていただくことになっています。この日は気温が30度近くあり真夏の温度でしたが、献穀会会員らは慣れた手つきで次々と田植えを行っていました。

(2017年5月30日17:35配信)