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没後148年、幕末の志士「雲井龍雄」を偲ぶ


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 米沢藩幕末の志士で、戊辰戦争の際には奥羽越列藩同盟の精神的な支柱となった「倒薩の檄」を書き、明治3年12月、政府転覆を計画したとして処刑された雲井龍雄(1844〜1870)を偲ぶ「第三十三回雲井龍雄祭」(世話人宍戸宏郎氏ほか9人)が4月22日、墓のある米沢市城南の常安寺(漆山知道住職)で開催され20人余りが参加しました。
 はじめに、同寺の漆山住職による読経の中で、参列者は次々と焼香を行い、続いて宍戸岳荘氏の吟、情野重山氏の尺八で、雲井龍雄作の詩「客舎の壁に題す」を吟じ、故人の霊を慰めました。
 続いて、同寺で市立米沢図書館主幹の青木昭博氏が「米沢市内の雲井龍雄の遺蹟と近年の雲井龍雄の研究動向」と題して講話を行いました。青木氏はこの中で、これまで雲井龍雄が処刑された日が明治3年12月26日と12月28日の二つの説があったが、判決のあった12月26日が研究者の間では大勢になってきたことや、市立米沢図書館で「雲井龍雄」を検索すると、142件がヒットし(平成30年4月15日現在)、相当数の書籍や論文が集まっていることを紹介しました。
 また、2013〜2017年に刊行された歴史学、漢詩、その他の4つの書籍を取り上げ、雲井龍雄が政府転覆を計画したという視点のものが多いと述べました。
 2020年は、雲井龍雄の没後満150年を迎えることから、現在、米沢市内の有志で常安寺境内に雲井龍雄の銅像建立が検討されているということです。

(2018年4月23日10:50配信、4月30日18:25最新版)