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戊辰戦争で戦死した米沢藩総督色部長門の碑前祭


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 150年前の戊辰戦争の最中、奥羽越列藩同盟の一員として新政府軍と戦っていた米沢藩の色部長門久長総督は、慶応4年(1868)7月29日、新潟で新政府軍(高鍋藩)の放った銃弾にあたり戦死しました。その後、新政府軍に降伏した米沢藩の戦争責任を一身に負いました。
 8月26日、NHK米沢ラジオ中継放送所の敷地内にある色部長門追念碑の前で碑前祭が開催され、約80人が出席しました。主催したのは、色部長門追念碑の維持管理に当たっている米沢御堀端史蹟保存会(関原謙一会長)です。
 碑前祭では、関原謙一会長の挨拶に続き、中川勝米沢市長、種村信次米沢温故会会長、小嶋彌左衛門上杉鷹山公と郷土の先人を顕彰する会会長がそれぞれ祝辞を述べました。
 続いて、表千家の原田宗芳さんが供茶を行いました。色部長門の菩提寺である米沢市窪田町にある千眼寺の鈴木一志住職による読経の中、参加者は次々と焼香を行い、色部長門の霊に手を合わせました。
 また碑前では徳富蘇峰の詩が吟じられ、奉納されました。最後に鈴木住職が色部長門の戦死の模様や明治15年7月29日、家臣127人が色部長門を偲んで千眼寺に建立した酬恩碑(報恩)などについて講話を行いました。

(2018年8月27日23:30配信)