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日本森林学会、「草木塔群と木流し」を林業遺産認定





 一般社団法人日本森林学会は、5月27日に開いた定時総会で、「米沢市の山との暮らしを伝える遺産群:草木塔群と木流し」を林業遺産に認定・登録しました。東北では「津軽森林鉄道遺構群等」に続き2件目、山形県内では初となります。
 林業遺産は、林業発展の歴史を示す景観や施設、地域独自に発展してきた林業技術や特徴的な道具、古文書などを遺産として認定する制度で、同学会設立100周年を記念して平成25年度から始め、平成30年度まで35件が登録されています。
 今回認定の対象となったのは、米沢市で確認されている江戸時代の草木塔17基と田沢地区・八谷の留め場跡で、このうち米沢市大字入田沢字塩地平地内にある草木塔は、安永9年(1780)に建立された最も古い草木塔で、米沢藩第9代藩主上杉鷹山の時代のものです。自然を慈しむ草木塔精神が支持され、全国各地や外国でも建立されるようになり、現在では200基以上が確認されています。
 また米沢市大字入田沢字八谷地内にある田沢地区・八谷の留め場跡は、慶長10年(1605)頃に木流しのために作られたものです。江戸時代、田沢地区で切られた木材は、小樽川に流され、木場川を経て米沢城下の木場町まで流されました。建築材料、炊事、暖、風呂の燃料として木材は生活に無くてはならないものでした。
 今回の認定理由としては、「江戸時代に始まる大規模な薪材流送の歴史を物語る遺構と、山村民の山や草木への想いを物語る石碑群であること」としています。林業遺産登録書は、田沢コミュニティセンターに展示予定です。
 
(解説)
 田沢自彊会が現在所有する山林は、藩政時代には上杉家代々の御用林で、藩が御留山として必要に応じて用材と薪炭材として伐採させた。小樽川を利用して、木場川(帯刀堰)を経由して木場町で陸揚を行い上納した。「木場の木流し」は、昭和12年頃まで続いた。
 明治になり廃藩置県が行われると、米沢藩は士族救済のため米沢義社を設立し、運営資金の一部として八谷藩林を編入し経営させた。明治10年に、義社がこれらの山林を転売することがわかり、当時の口田沢村、神原村、入田沢村の3か村の肝入だった伊藤帰一、伊藤秀安、伊藤朝真の3名は、全村に呼びかけて計1500円を集めて購入し、160有戸の共有となった。記名式で個人売買ができる制度だったことから、転売を防止し永久に地方公益に供する目的で、明治29年、三大字の共有財産と名義を変更し、区会を設けて運営した。共有財産の一部(山林約1000町歩)を以って、財団法人田沢自彊会を設立し、残りの山林1700町歩は、三沢村に対して90年の賃貸契約を結んだ。戦後の昭和24年、三沢村と賃貸契約を結んだ山林は、村議会の議決を経て名義を変更し、田沢自彊会に返還された。(財団法人田沢自彊会の沿革より抜粋)