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米沢市、「なせばなる秋まつり」琉澤祭で沖縄芸能公演


 

 米沢市松が岬公園、伝国の杜周辺で開催された「第11回なせばなる秋まつり」は、承・味・交・楽 〜時を越え、今なお受け継ぐ伝統の味・技・心〜をテーマに、9月28日(土)と29日の両日開催され、秋の穏やかな天候に恵まれ、大勢の市民や観光客で賑わいました。主催者発表では、初日に1万9千人、2日目が2万7千人の計4万6千人の人出でした。
 第15回米沢どん丼まつりは、当日の午後2時過ぎには「売り切れ」の商品が出るなど、食事を楽しむ家族連れが目立ちました。また棒杭市、物産展のほか、昔遊び体験コーナーで子供たちが輪投げなどを楽しみました。
 伝国の杜ピロティーでは、オープニングセレモニーに続いてステージイベントが行われ、今年は米沢市と沖縄市の姉妹都市提携30周年となることから、沖縄市が派遣した芸能団体と米沢市の芸能団体が共演して、「琉澤祭(りゅうたくさい)」が午前11時からは3時間にわたって繰り広げられました。
 はじめに、Special acoustic band、米沢民謡一家、米沢の伝統文化「上杉太鼓」、米沢市を中心に活動する「やまがた愛の武将隊」、上杉エイサーが出演し、最後に沖縄の様々な芸能が集結した沖縄総合エンターテインメントショー「綾庭の宴ーAYAMIYA」〜先人たちへの感謝を込めて〜が行われました。
 琉球音楽が流れる中で、目を奪う鮮やかな真っ赤な衣装を身につけた女性舞踊家たちが登場すると、そこはまさに琉球王国時代の宴の世界に引き込まれるようです。ショーでは、これまでに琉球がたどった歴史を紹介しながら、8人の出演者が歌や踊り、武術などを披露しました。
 沖縄は、第二次世界大戦後に米国による統治が行われ、昭和47年(1972)5月15日に日本に復帰しました。沖縄市(おきなわし)は、沖縄本島の中南部に位置する沖縄第二の市で、昭和49年(1974)、コザ市と美里村と合併して誕生し、エイサーの盛んな土地として知られています。明治14年(1881年)5月、最後の米沢藩主上杉茂憲が沖縄県令として赴任し、そこから米沢市と沖縄市の歴史的なつながりができ、姉妹都市締結の元となり、現在に至っています。琉澤祭は、琉球の「琉」と米沢の沢の旧字体(澤)を組み合わせたもので、米沢市と沖縄市の歴史のつながりを改めて市民に啓蒙するイベントとなりました。