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竹田 歴史講座

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書評「東国の雄」上杉景勝 今福匡著(上杉氏研究者)

 

uesugikagekatsu 歴史ライターである今福匡氏が、令和3年7月、角川書店より上杉景勝をテーマにした本「『東国の雄』上杉景勝 謙信の後継者、屈すれども滅びず」を出版した。
 上杉謙信没後、景勝は義兄上杉三郎景虎と上杉家の跡目争いで戦ったが、その戦い「御館の乱」に景勝は勝利し、謙信の後継者となった。豊臣政権時代は秀吉の評価も高く、慶長3年(1598)には、越後より会津120万石へ移封され、徳川家康と肩を並べる五大老の一人として大きな存在となった。
 しかし、天下を狙う家康は、景勝や兼続らの新しい領国での国づくりの一環とした「神指城」の築城や道路、橋などの建設を謀反の動きと非難し、それに対して兼続は「直江状」を家康に送りつけ両者は決定的に対立する。家康は上杉征伐のための進軍を行い、それを受けて石田三成が挙兵して、「関ヶ原の戦い」となる。家康の東軍は、石田三成の西軍を破り、結果的に家康による天下統一、江戸幕府の開府という日本史の転換点に繋がった。 
 関ヶ原の戦いで家康の東軍に対して、反旗を翻した西軍諸将らは、その後、多くが失脚した中で、どうしたわけか、上杉家はその後、上杉綱勝の急死により、30万石から15万石に減らされたものの、幕末までの260年間、滅びることなく生き残った。途中、藩財政が成り立たない状況になり、上杉鷹山の前の代には、幕府に米沢藩の返上を考えたところまで行った。しかし、潰れず、返上もしないで、生き残ったというこのしぶとさやしなやかさはどこから来るものなのか?
 本書はなぜ家康は上杉家を取り潰さなかったのか、無口で笑わないという景勝にまつわるイメージは本当かなど、著者のものすごい文献調査と、比較検討しての景勝の実像に迫る労作である。
 景勝は、大河ドラマで主人公となった執政の直江兼続や、前田慶次などの陰に隠れて、米沢藩初代藩主でありながら余り注目を引いてこなかった。米沢では、直江兼続、上杉鷹山らととともに、上杉謙信を祀る上杉神社ではなくて、隣の松岬神社に祀られている。
 戦国武将という顔、豊臣政権での五大老という顔、米沢藩祖という顔、関ヶ原の戦いを前後して、3つの時代を生き抜いた男の69年の生涯を丹念に調べ上げている。
 従来、景勝は御舘の乱や関ヶ原の戦いがクローズアップされたが、本書では、69年の生涯を等しく、丁寧に叙述している。もちろん、御舘の乱についてはその模様が正確に、手にとるように描かれている。それは筆者が三郎景虎をすでに上梓しているからかもしれない。
 私は市立米沢図書館の資料室で、今福匡氏と何度かお会いしたことがあるが、文献調査をコツコツと積み重ねて、そのきちっとした土台の上に本書を組み当ててている。それは主要参考文献の数の多さを見ても一目瞭然であり、今福氏の几帳面さを表すものだろう。読者は上杉景勝という人物を改めて見直す契機となるにちがいない。
(書評 米沢日報デジタル/成澤礼夫)

著 者:今福匡
発行所:株式会社KADOKAWA
新書判:352頁
定 価:本体1,180円+税

(2021年7月22日12:15配信)