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書評 『生きるための農業 地域をつくる農業』 菅野芳秀著


1 本書は、2024年11月5日、大正大学出版会が「地域人ライバラリー」を創刊し、その第1弾として刊行されたものである。
 著者の菅野芳秀氏は、山形県長井市出身、大学卒業後の1976年に帰郷し、父の後を継いで百姓となり、水田の単作経営、1983年からは自然卵養鶏を始めた。現在は水田、野菜畑と畜産を含む複合経営を行っている。現在、大正大学地域構想研究所客員教授/地域支局研究員(長井市)、置賜自給圏推進機構共同代表を務める。
 「いま農村で何が起きているのか」と題する序章の中で、「利益が出ない米作りはやめればいいのに」と甥から問われた著者は、「米作りに関わってきた祖先の累々たる労働や時間、それに込めた思いなどの蓄積が見えてくる。そんな先達が渡してくれたタスキを受け取ることを決めた者にとって、田んぼは、単なる田んぼではなく、そこに残された両親を含む、祖先たちの願いの総和を受け取るということなんだ。」と述べている。その言葉は菅野氏だけでなく、農業を営む人たちの心を見事に言い当てた言葉のように思われる。だから、「仕事」というよりも「生き方」として、この道を選びとったという著者の考え方がすごく共感できる。
 農業を損得だけで考えたら、全国に広がる農業はとっくに規模が縮小していたかもしれない。しかし、ここにきて、「墓じまい」ならぬ、「農仕舞い」の声があちこちから聞こえてくるという。食料自給率が40%を切る現状、米は国内で自給率が確保されている農産物であり、日本人の主食の地位を占めていることからこれは大変な事態だと思う。
 菅野氏は、長井市で百姓をしてから50年になる。水田5ha、大豆畑3ha、放し飼いの自然養鶏を1000羽を営んでいる。養鶏で出たフンは、田んぼや畑の肥料に、田んぼや畑が生み出すクズ米、クズ野菜、豆腐工場のおから、学校給食の残飯などは鶏の餌にする。まさに、「モッタイナイ」を実践している「地域循環農業」、「地域社会農業」を営んでいる。昨年、42歳になる息子が「百姓やめていいか」と言い出した。約200万円の「もみの乾燥機」が壊れたからだった。菅野氏は、「農業をやって幸せにはならないと思うなら、いつでもやめればいい」と返事をした。資金が捻出して乾燥機は更新できたが、農業機械などの寿命が控えている。農業機械が壊れた段階で、農業をやめるかどうかの選択を日本国中の百姓が迫られているという。
 今、水田の規模を大きくする「大型基盤整備事業」が山形県置賜地方でも目にする。1区画が12〜28haにもなるもの。国策事業で工事費は、農家負担はゼロ、農水省や県が支払う。しかし、この結果、自作農や家族農などの小規模農家はやっていけない。その経営は農業法人となることで、農民がやる農業ではない。
 さらに農業を取り巻く問題は、農産物の価格である。その過酷すぎる安さにある。米の生産原価が1俵60㎏あたり、1万5〜6千円なのに対して、農協が農家に支払う価格(買取価格)は、1俵1万2千円前後。それが10年以上続いているという。令和6年は価格が上昇したが。さらに4割減反の政策は続き、農家が米を作れなくなる政策をとって久しい。日本の米の生産は、670万トン、一方、外国からは小麦、大麦が750万トンも入る。「自国の農業を、自国の政府が破壊している」(菅野氏)としている。
 これは一体どうしたことか。以前、政治の話の中で、「食料安保」という話が出てきたが、日本は喉元を過ぎるとすぐに忘れる政治家が何と多いことか。先進国の中で、食料自給率が40%を割るというのは日本だけ。米国には自動車を輸出していることから、オレンジや牛肉、農産物の輸入を強いられている。
 そこで菅野氏らは、「置賜自給圏構想」を打ち出した。農を基礎に、自立と自給の地域をどう作るかという発想である。それは農を通して、小さな地域内循環の輪を繋ぐことで、農業と教育、福祉、健康を繋ぐことで、販売目的の農業ではなく、地域やともに生きるための農業、生活者が健康に暮らすための農業を目指す取り組みである。置賜には3市5町があるが、その圏外からの輸入を減らし、圏内にある豊富な地域資源を最大限に利用し、代替していく。得られるものは大きい。地域に産業を興す、雇用を生む、富の流出を防ぐ、など地域に好循環をもたらすものとなる。
 その理念を元に、2014年に「一般社団法人置賜自給圏推進機構」が発足した。活動が展開している。置賜は、250年前に、米沢藩主上杉鷹山が行った人材の育成(藩校興譲館)、堰を開削し新田開発や米沢織などの殖産振興によって藩の再建が成功したお膝元である。偉大な先人のお手本もある。農業の現場から悪戦苦闘しながらも、農業の面白み、置賜での暮らしの素晴らしさ、これからの農業についての考察など、ユーモアを交えた百姓エッセイであり、農業を営む人、消費者や若い人たちに是非読んでほしい一冊である。今度、著者にあって話を聞いてみたい。
(書評 米沢日報デジタル/成澤礼夫)
 
著 者 菅野芳秀
発行所 大正大学出版会
発売日 2024年11月5日
価 格 1,800円+税