![]() |
令和4年10月、メキシコに住む評者の友人の遠藤滋哉さんが一時帰国した際、神奈川県横浜市戸塚区にある遠藤さんの自宅を取材のために訪問した。以前に遠藤さんから、その家が飯豊町中津川の白川ダム建設に伴い解体され無償譲渡を受けて、昭和49年、戸塚に移築したと聞かされていたからだ。一体、どんな家なのかとても興味があった。解体時で既に築250年の歴史があるというその曲り家は、広い居間と太い柱、二階には蚕を飼うような広いスペースなど、曲り家の特徴を備えていた。
驚いたのは、移築時に持ってきたという乾燥したクマの胃が当時のまま保管されていたことだ。漢方薬で胃薬として珍重されるクマの胃は、高級品でもある。その家を移築したのは、遠藤さんの父である日展画家の故遠藤桑珠氏である。その時に一緒のタイミングで移築された曲り家は、今でも米沢市、高畠町、南陽市などに何軒かある。
その取材記事を令和5年米沢日報元旦号に掲載したところ、新聞を見た友人から電話があり、その中津川の曲り家から川西町にお嫁に来た女性が知り合いの奥さんだと話した。しかも、その奥さんの名前を聞いて、以前から私も知っている人だったから驚いた。私は早速新聞記事をお見せしたいと思い、奥さんに電話した所、体調がすぐれないということで、長井市にお住まいの弟さん、鈴木一義さんを紹介された。
令和5年春、遠藤さん夫妻と共に鈴木さん宅を訪問させて頂き、鈴木さんが中津川で生活した時代の話や、遠藤さんがメキシコに渡る前、移築の手伝いをしたという思い出話で盛り上がった。それが縁で、その後、鈴木さんは戸塚区に移築された、かつてのわが家を訪問したと伺った。
令和8年1月、遠藤さんから鈴木さんが出版した本を見せて頂いたので、2月中旬に所用で長井市に行った際に鈴木さん宅を訪ねて一冊著書を頂いてきたという次第。随分と前置きが長くなったが、とても不思議なご縁なのであえて紹介させて頂いた。
本書は、著者が白川ダムの湖底に沈んだふるさとを思い出しながら、地域の歴史や民俗、宗教、学校、生活、習慣、友人や同級生など、さらに鈴木家の家系を辿り、その一人ひとりの人生やエピソードなど、50編余りの懐かしい思い出が満載のエッセイ集である。
(写真左=2026年冬の白川ダム周辺)
とりわけ、鈴木氏に大きな影響を与えたのは祖父の豊松さん。鮒や鮎、ウグイ取りの名人で、川柳や骨董などの趣味を持つ地域の文化人だった。その祖父が緑内障になり全盲となると、小学生の鈴木さんは、祖父の目となり、手足となり支えていく。鈴木さんが祖父が植えた果樹まで連れていくと、祖父はその果樹に触れてその成長を喜ぶ。鈴木さんにとっては、とても嬉しい瞬間だったろう。祖父を支えた鈴木さんの作文が担任の先生の目を引き、中学校終業式では各クラス1名が表彰される中に選ばれた。
父、應吉さんは、日中戦争で2度にわたり被弾し生死の境を彷徨った。その後、除隊となり帰郷し、農業を営み家族を支えていく。半年ほど雪に覆われ、3メートルを超える雪深い中津川の地で、家族や地域の人たち皆が支え合い、困難な生活を生きて行く、たくましい姿が描かれている。昭和20年生まれの鈴木さん、戦後の貧しさの中にあっても、中津川の自然に育まれ、家族に愛されて育った、優しさが伝わってくる。エッセイの中に紡がれている文章は、自然の流れで優しい表現に溢れている。山形市文学愛好会会報や新聞のエッセイ欄にも投稿している。
現在、鈴木さんは山形県源流の森インタープリターに登録し、森林案内などのボランティア活動をおこなっている。趣味は、山菜の栽培と原木キノコ(主になめこ・ブナハリタケ)の栽培という。(評者 成澤礼夫)
書 名 『大鹿の記憶、白川の風にのせて』
著 者 鈴木一義
発行元 株式会社幻冬舎メディアコンサルティング
発売元 株式会社幻冬舎
定 価 1,600円+税
発行日 2025年9月18日