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令和8年6月20日、米沢市で公益財団法人農村文化研究所創立50周年と同研究所所長佐野賢治先生の著書「民俗学と現代社会 民具・民俗博物館の視角から」の出版を記念する祝賀会を開催された。評者もご案内をいただき出席したが、出席者に同書が贈呈された。
佐野氏は、昭和25年静岡県生まれ、東京教育大学文学部、筑波大学歴史人類学研究科を卒業し、愛知・筑波大学教員を経て、神奈川大学で長らく教鞭をとり、現在は同大学名誉教授、文学博士である。
同氏の米沢との関わりは、昭和45年頃、東京教育大学(現筑波大学)の学生として、同市六郷町を夏季に訪れ、遠藤太郎氏(故人)が、昭和42年に広井郷幼稚園の傍に創設した「民具館」に所蔵された5,000点に及ぶ農具、生活器具、職人の道具、考古資料、文献などの収集品を整理、台帳管理を行い、米沢の農村をテーマにした民俗研究を行ったことである。また昭和51年6月には農村文化研究所が設立され、昭和54年4月財団法人に認可されるとその所長に就任し、現在に至っている。昨年まで38回を数える同研究所が主催する「農村文化ゼミナール」でも、主導的な役割を果たしてきた。
本書は、佐野氏の50年を超えるこれまでの民俗学研究の集大成とも言える出版である。日本における民俗学の通史とも言え膨大なまとめとなっていて、「民俗学は現代社会においてどのような意味をもち、貢献ができるのだろうか」というテーマが貫かれている。
内容は、「郷土研究」としての民俗学、「民具」とは何か、民具・常民研究の先人たち、民俗博物館と現代社会、地域情報学の構築からなる。全ページが380ページの大著である。
民俗学者である柳田国男(1875−1962)は、「民俗学は人間社会全体の幸福実現に資することを目指す学問であり、そのためにはそれぞれの民族の生活、民俗文化を理解する必要がある」(『先祖の話』筑摩書房、1946)と述べているが、佐野氏の研究生活は、正にこの柳田の教えを忠実に実践してきたものと言えるだろう。
今から数年前の真夏、農村文化研究所で佐野氏の講演が行われたことがあった。その講演があまりに民俗学の細部に入り専門的な内容であって、素人の私には到底理解が及ばないものだった。果たして、その講演を聞いた人の中でどれほどの人が理解できたのだろうという感覚もあって、講演後に私は手を上げて、「世界を見渡すと、今なお至る所で戦争が行なわれている。覇権を企む国家が日本の近隣にも存在する中で、先生の研究する民俗学は一体どんな役割や貢献ができるのか、その成果と言えるものは、現実の軍事的な厳しい状況を考えるとはだはだ虚しい気がしてくる」といったニュアンスで質問をしたことがあった。
今にして思えば、大変に失礼な質問だったと思うが、佐野氏は「戦争はお互いのことを知らないから起きるのである。民俗学はお互いを知るための学問であり、若い人たちがお互いの国に行き来してお互いの文化や民俗を知り合えば、戦争の抑止につながる。」と述べたのが印象的だった。佐野氏は民俗学の目的をその時に的確に述べられた気がした。
佐野氏は同様のことを本書のあとがきの中でも述べていた。「真の世界平和を実現するためには、遠回りのようでもこの地球上の一地域住民としての生活を営む立場を原点に、他の民族や国々との共感・共属意識を醸成し、つながりと相互理解が求められる」と書いている。
そういえば、米沢を中心に建立されている草木塔は、森の木を利用して家を建て、薪で炊事や風呂を沸かし、暖をとっていた時代の人々にとっては、まさに無くてはならない大きな資源だった。それだけに、草木塔は山を畏敬し、山の恵みに感謝した人々の思いを今に伝えるものである。循環型社会とか、SDGsとか言われるはるか前から、米沢の人々はその重要性に気づいていたということだろうか。なんと、素晴らしいことであることか。
佐野氏は草木塔の歴史を紐解きながら、その普遍的精神が世界の平和に寄与できることを述べているが、米沢に住むものとして極めて嬉しいことであると同時に、その精神を次代に伝えていく責任があるとの自覚を呼び起こすものである。本書は佐野氏の研究の集大成であると同時に、世界に向けて平和を訴えていく偉大な平和主義者としての佐野氏の生きざまを見せてくれている、その覚悟が感じられる一冊である。(評者 米沢日報デジタル・成澤礼夫)
著 者 佐野賢治
発行日 2026年4月30日発行
発行所 春風社
頒 価 3300円(税込)