newtitle



画像04が表示されない

竹田 歴史講座

▲トップページへ戻る

書評 梟 第13号


93 平成22年に発足し、米沢市で活動する「梟(フクロウ)の会」(永井泰廣代表)が発行する同人誌。令和5年までに発足以来13年間、年5回の合評会は60回を超えるという。
 この間、「梟の会」が令和2年に米沢市芸術文化協会の文化奨励賞を受賞したほか、令和3年には、後藤知子(瀬見詩暮)氏のエッセイ集『こどものじかん』が、日本自費出版文化賞に入選、また北条剛(大河原泰廣)氏が2020年度の山新文学賞年間賞「人」賞に輝いた。また清野春樹氏の執筆による『田沢郷土誌』は、令和4年度米沢市芸術文化協会賞を受賞したことも記憶に新しい。会員が次々と大賞をいただいているのは同会の素晴らしい前進を物語っている。これは「梟の会」がお互いに作品を持ち寄って頻繁に合評会を開催しているからに他ならない。どうりで、年々、『梟』に掲載される内容の質、量ともに向上しているのも頷ける。
 さて、第13号では12人が寄稿した。巻頭で詩『城山の蛇』を寄稿したのは、阿部宏慈氏。現在、山形県立米沢栄養大学、同米沢女子短期大学学長を務めるフランス文学者。
 瀬見詩暮氏は、『米沢弁、あれやこれや』と題して寄稿した。「日常の暮らしの中から、米沢弁が少なくなったのはいつの頃からだろうか。」という書き出し。都会とを結ぶ交通網が発達し、往来が著しくなった頃からと述べる。確かに、評者も43年前に米沢に移り住んだ当時は、会社の事務所内では皆ほとんどが米沢弁で、標準語で話をする自分は何か、浮いた存在のような気がしたものだ。が、今はどこもかしこも米沢弁が少ないと感じる。瀬見詩暮氏は、東京に修学旅行で行き、標準語で話をした時の心臓のドキドキ感や、高校入学後に自身のことを「おれ」から「わたし」ということに決めた日のことなど、自身と米沢弁の例を引き合いに出して思い出を述べている。
 行方惠子氏は、『見つけられない……母』と題して寄稿。病院でパーキンソン病と診断されて、休職することになった泉。兄から帰って来いとのクリスマスカードが届き、高速バスで1時間の距離の兄の元へ行くことに。病気のことを真正面から受け止めて、生きていく人間の命の大切さ。福祉との関わりなど、自分にも近い話と教えられる。
 鏡清之水氏の『そうか、そうだったのかぁ・・・』は、「除雪機、バックは死の危険!」を始め、雪国での生活に潜む危険に気づいて、読者に警鐘を鳴らしている。読んで、なるほどとうなづける内容がいっぱいある。「他人の袖を見て、我が振り直す」ことの大切さをこの寄稿を見て改めて気付かされる。

発行者 グループ 梟(永井泰廣)
発行日 令和5年5月20日

(2023年11月26日15:45配信)