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竹田 歴史講座

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見事に火の輪を潜る獅子、2年振りに小松豊年獅子踊

lion-1 昭和55年に山形県無形民俗文化財として指定された「小松豊年獅子踊」が8月16日、川西町上小松にある大光院境内で開催された。昨年は新型コロナウイルス感染症のため中止となったが、今年は大光院境内でのみの公演で開催した。例年は同日に町内7か所で踊りが行われるほか、8月27日には諏訪神社奉納公演と町内5ヵ所で踊りが行われている。
lion-2 この小松豊年獅子踊は、平安時代初期に奈良の法相宗僧だった徳一上人(?~843)が「法の過ち」(※1)により流され、日立、会津を経て、現在の川西町ダリヤ園の近くに小屋住まいをしていた時に、上人の郷愁を慰めるために村人たちが始めたと伝えられる。大光院は徳一上人の成道(じょうどう=悟りを開くこと)の跡として1200年の歴史を有している。江戸時代、藩財政が厳しかった米沢藩では、この踊りは不作の年は許可されず、豊年の年しか踊れなかったため「豊年獅子踊」と名付けられた。
 明治期まで、現在の川西町には各地区に獅子踊が残されていたが、大正期には南区の獅子踊を残して消滅し、その獅子踊も戦時中には一時途絶えたものの、昭和24年、郷土の文化遺産の重要性が再認識されて復活したのが小松豊年踊である。
 当日ははじめに川西町立川西中学校の郷土芸能クラブの生徒たちが出演し、保護者らが見守る中で日頃の練習の成果を披露した。同クラブは例年8月27日に別会場で公演しているが、今年初めて大光院で公演を行った。
lion-3 次に小松豊年獅子踊会(原田正明会長)が公演を行い、笛の音が響く中で3匹の獅子が一年間の農作業の仕草を織り交ぜながら、赤い色の花笠をつけた早乙女とともに境内を回りながら、優雅な踊りを披露した。クライマックスは、獅子が燃え盛る火の輪を潜るもので、獅子が見事に火の輪を潜ると観客からは盛んに拍手がおくられた。 (※1)「法の過ち」とは、天台宗開祖の最澄との間で行われたの教学論争(「三一権実諍論」)で敗れたことを指すものと考えられます。