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竹田 歴史講座

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米沢市斎場開設50年で供養祭、これ迄4万5千人荼毘に



saijou 米沢市万世町片子にある米沢市斎場で11月15日、「令和3年度米沢市斎場供養祭」が執り行われ、設置者の米沢市、米沢市内の葬儀社、斎場職員、僧侶など18人が出席した。
(写真右=米沢市斎場、米沢市万世町片子)

 これまで供養祭は、僧侶や斎場職員など限られた人のみで開催してきたが、今年は昭和46年の斎場開設から50年の節目であることや、米沢市斎場の指定管理者である合名会社米沢市斎場公社が、来年に指定管理者を交代することから関係者を集めて開催したものである。
 はじめに、米沢市館山にある舘山寺の山口卓道住職らがこの斎場で荼毘に付された人たちの御霊に対して読経供養を行い、続いて火葬炉を前に出席者が焼香を行った。
 続いて山口住職が法話を行い、自身は高校3年の18歳で僧侶になって以来54年になるとし、「昭和46年の斎場開設当時は冬は寒くてストーブをつけ、夏は暑いという大変な環境で、斎場管理を担った相田仏光堂・松田源兵衛堂の努力は計り知れない。また斎場職員の微に入り細に入る接遇はすばらしく、いずれ皆がお世話になり、人生の終焉の場を守る斎場公社の職員に感謝申し上げたい」と述べた。
saijou-2 安部道夫米沢市市民環境部長は、「斎場は最終は皆がお世話になる必要不可欠の施設。環境の適正な維持管理に努めてきた」と述べ、新型コロナ禍での感染対策の徹底など今後も市民の協力を求めた。
(写真左=4基ある火葬炉を前に、焼香する出席者)

 合名会社米沢市斎場公社の相田修一代表社員は、「昭和46年、現在の金池4丁目から斎場をこの場所に新築移転した。当時、葬儀社は市内では2社で、斎場管理は相田仏光堂、松田源兵衛堂が3年交代でやってきたが、その後、両社で合資会社米沢市斎場公社を設立し、さらに指定管理者として運営してきた。本年が50年の節目で感無量。建物が50年を経過し、本体の火葬炉も早く建て替えをして頂ければありがたい。次年度からは他の業者にバトンタッチするが、残る4ヶ月半を精一杯対応したい」と挨拶した。
 米沢市斎場は、開設当初は年間750件の火葬件数だったが、現在は1,100件弱となっている。これまで荼毘に付された人数は、50年間で延べ4万5,000人を数える。令和2年度に耐震を向上させるために大規模な改修を実施した。
 明治、大正時代は、米沢市福田町や相生町の河原で薪で荼毘に付され、その後、割出町(現在の金池4丁目)に火葬場が移り、さらに昭和46年に現在地に移転した。