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米沢〜福島間萬世大路を完成させた高木秀明の子孫が講演

1 明治初期に、山形、福島、栃木の3県令を歴任し、最後は警視総監を務めた鹿児島出身の三島通庸(みしまみちつね、1835〜1888)の元で土木課長として、米沢〜福島間の萬世大路をはじめ、山形県内の道路インフラの計画作成や整備にあたった高木秀明(たかぎひであきら、1831〜1903)の子孫が、2月12日、米沢市の伝国の杜大会議室で講演を行った。
(写真右=中央:高木かおるさん、左:樋口るみさん、右:小林悦子さん)

 講演したのは、高木秀明の玄孫(やしゃご)にあたる高木かおるさん(合同会社AMA専務、熊本県天草市在住)で、2月10日に仙台市、2月11日に福島県桑折町に続いて、米沢市で開催されたもので、高木家の子孫が東北の地で講演するのは今回が初めてとなる。
 講演会主催者である(一社)TMC代表の小林悦子さんは、「高木さんかおるさんとは、4〜5年前に全国から集まる学習会で出会い、先祖が山形のトンネル工事に関わったとお聞きした。高木家と深い縁があるこの東北で、命をかけて仕事をしてくださった先祖の思いを皆さんと共有したいと思います」と挨拶した。
 続いて、高木さん、小林代表、TMCの樋口るみさんの3人がステージに登壇し、対話形式で講演を進めた。

2 第1部の中で、高木さんは「7年前に先祖の大切さを学び、一族のファミリールーツをたどる旅を続けてきた」とし、「山形というルーツの地で自分が講演することを先祖が喜んでいると思う。これが先祖への供養だと思います。」と述べた。先祖のことを調べていく中で、どのような出会いがあり、どのようなことが起こったかを紹介した。
 高木さんは、27年前、天草に開業された地域医療センターのオープニングスタッフとして小児科医の父親に故郷に引き戻され、父親を恨んだ時期があり、ストレス発散のため職場の人間にも当たり散らすような状況だったという。時間の法則の学びに出会って、自分の可能性を信じ、チャレンジする気持ちに変わり、それから沢山の仲間ができて、「以前の自分からするとひっくり返ったよう」と心境を語った。
 樋口さんは、「時間の法則を学び11年が過ぎました。自分の心が変わり、一生懸命になる時と力を抜く時のタイミングがわかり、生き方が楽になった。これからも先祖を感じながら生きていきたいと思います」と、時間の法則の有用性を話した。
 小林代表は、(一社)TMCが指導している「時間の法則」について、「マヤ暦」と「易経」の二つを中心軸とした法則であると説明し、「どうしたらいいのだろう」から「どうなっていたんだろう」と過去に視点を向けると、様々なことが紐解け、解決の糸口が示されるとし、たくさんの切り口を持っているのが、「ファミリールーツ」と述べた。さらに「現代はつながっていた根っこが切れており、先祖をたどり発見を重ねると自分の中に養分が注がれ繋がり始める。過去の人に焦点を当てると、今、生きている私たちの未来に光が当たる」と指導している中身について紹介した。

 高木さんは、曽祖父である高木巌(1879〜1954)の話に及び、東京美術学校(現在の東京芸術大学)で、日本洋画家の巨匠青木繁と出会い、青木繁が亡くなる2年前に天草の高木家で過ごした当時のことを写真で解説した。青木繁は自分の父が亡くなると九州の各地を放浪し、高木家にも1ヶ月滞在し、高木巌の1年分の給料を1〜2か月で飲みに回ったりして使ったというエピソードも紹介した。青木繁が高木巌の画材を使って天草で描いた絵は、45年後に約2億円で落札されたという。青木繁が亡くなる時、高木巌に「すまいなことをした」と後悔の言葉を残し、涙を流したという。
 
3 第2部では、山形県土木課長として山形県内の道路インフラの整備にあたった高木秀明に焦点を当てた。
(写真右=福島県桑折郡長時代の高木秀明)

 高木さんは、令和元年に山形に来た時、危険だったため栗子山隧道の途中までしか行くことができなかったが、令和5年10月に栗子山隧道のトレッキングツアーがあることを知り参加した時のことに触れ、片道4.1キロ、往復3時間のツアーを先祖の高木秀明のことを思いながら楽しんだ様子を述べた。
 ハイキング後の懇談会で、萬世大路保存会の梅津幸保会長らとの出会いがあり、高木秀明も一緒になって宴会に参加してくれた気がしたと述べた。萬世大路保存会の金子利貞氏が、明治9年に高木秀明が山形県内を道路建設のために回った際に作成した日記をもとに、場所と日にちをまとめた資料を説明した。
 また本社成澤礼夫社長の先祖(加茂で「背負子」という荷物運送の仕事に従事)が、加茂坂隧道(山形県鶴岡市加茂)の計画に反対する中心的な立場にいて、三島県令、高木秀明とは厳しい対立の関係にあったが、その子孫(高木かおるさんと成澤社長)が奇跡的に出会い、世代を超えて懇親会の場で握手をして仲直りしたエピソードも紹介した。
 高木さんは、高木秀明が山形在任時に持参していた「妖怪絵巻」に言及し、「表装してもらい綺麗になり、一度展示をしていただいた。妖怪たちが喜んでくれて、ありえないようなことが次々と起こり、いろいろな人とのご縁を引き寄せてくれている」と述べた。このカレンダーは天草の合同会社AMAより発売され、新聞で掲載されるなど人気を博している。

 会場には、高木秀明が内閣総理大臣伊藤博文から与えられた福島県桑折郡長の辞令や萬世大路完成に当たって制作されたおちょこ、山形県からの褒賞、着物、書などが展示された。当日は会場が満員となる120名の聴講者で大変に熱のこもった講演会となっていた。