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米沢市の近藤洋介市長は、12月22日午後に開いた記者会見で、米沢市名誉市民、上杉家第17代当主の上杉邦憲氏が12月12日に死去したと発表した。
(写真右=故上杉邦憲氏、写真提供=米沢市)
上杉邦憲氏は、12月14日、愛知県西尾市吉良町の華蔵寺で開催される吉良上野介義央命日の『 吉良公毎歳忌 』に参列予定だったが、姿を見せないことから関係者が家族に連絡を取った所、12月13日朝に自宅1階で死亡しているのが見つかり、死因は心不全だった。上杉氏が倒れているのが見つかった時は、死亡後数時間が経過し、死亡推定時刻は12月12日深夜とみられる。事件性はなく病院には運ばれなかった。享年83歳(没年82)歳だった。
近藤洋介市長は、「この度のご逝去は、誠に痛惜の念に堪えず、市民の皆様とともに、生前の御功績に対し深く敬意を表しますとともに、謹んで哀悼の意を表し心から御冥福をお祈り申し上げます。」と述べた。
上杉邦憲氏の通夜は12月21日(日)、告別式は12月22日(月)、それぞれ東京都町田市の斎場で行われ、喪主は、上杉邦憲夫人の上杉紀美子様が務めた。近藤市長、島軒純一市議会議長が参列し、近親者、米沢市などから70〜80名が参列したという。
近藤市長は、「今にも起き上がりそうな、穏やかな笑顔で語りかけてくださる様だった。」と最後のお別れの様子を述べた。そして、上杉家第18代になる上杉裕憲様に哀悼の誠を捧げたという。
(写真左=記者会見を行う近藤洋介市長)
上杉邦憲氏は、東京大学航空学科宇宙コース、同大学院を卒業。工学博士。同大在学中は、日本の「ロケットの父」と言われる糸川英夫先生の元で指導を受け、同大学工学研究科修士課程修了後、東京大学宇宙航空研究所助教授を皮切りに、文部省宇宙科学研究所教授、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部教授として、小惑星探査機「はやぶさ」打ち上げミッションを主導するなど、宇宙工学の発展に多大な尽力を重ねた。国内のみならず、国際的にも高い評価を受けて、令和5年、国際宇宙航行連盟(IAF)の「Hall Of Fame」の殿堂入りを果たした。
米沢市は、 宇宙航空研究の分野で次世代を担う青少年に夢と希望を与え、米沢市の歴史と文化の振興に大きな貢献を行い、気さくな人柄で多くの市民に愛された存在であることなどから、その功績を称え、令和7年6月に名誉市民の称号を贈呈し、10月19日には米沢市議場において、贈呈式を執り行ったばかりだった。また11月3日に行われた米沢市表彰式において、米沢市名誉市民として挨拶を行ったのが米沢市民を前にした最後の姿となった。
近藤市長は、来年5月に開催される米沢上杉まつり以降に、米沢市主催によるお別れ会(市民葬)を開催する予定であることを明らかにした。
また関係者及び市民が哀悼の意を表する場として、米沢市役所1階市民ホールで、12月23日(火)から12月26日(金)の期間、午前9時から午後5時まで、記帳所を設置するほか、上記期間、市内の公共施設では半旗の掲揚を行う。
記帳には、12月23日午後2時過ぎまでに約100名の市民らが訪れた。記帳所のそばには、上杉邦憲氏の略歴や功績、10月19日に米沢市議場において行われた贈呈式などの模様が展示された。また米沢市役所前の国旗は半旗が掲揚された。
記帳関連の問い合わせは、米沢市役所総務課、電話0238−22−5111(代表)まで。